母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 危険な愛戯2

「もっと近くに寄れよ、奈緒」
 龍一はまさみの腰に廻した腕を引き寄せた。
「あんっ、恥ずかしい」
 恋人と外を歩いた事のないまさみは、恥かしさに顔を俯かせる。先生との付き合いでさえ、アイドルとしてデビュー後のことで、人目を憚って会っていた。こんなに大っぴらに、男性と恋人同士のように寄り添って外を歩くのは初めてだった。
「それから……、名前を呼ぶのはやめて、気付かれちゃう……」
 人に聞かれないよう、小さな声でまさみは龍一に懇願した。
「気付かれやしねえよ。誰も本人がここにいるなんて思やしねえし……。それにメガネと三つ編みにしてたら気付かれない自信があるんだろ?」
 龍一はメガネ無しで三つ編みも解くように言い張ったが、まさみは必死にお願いして三つ編みとメガネを許してもらっていた。
「でも……」
「じゃあ、なんて呼べばいい? やっぱりまさみか?」
 本名を呼ばれるのも嫌だったが、ほかに考えられない。まさみは小さく頷いた。
「顔を上げろよ。そんなに下向いてたら、キスもできねえぜ」
 龍一はまさみの顎に手を当て、顔を上げさせキスをしようとする。
「だめえ、恥ずかしい……。こんなに明るい街中で……」
 まさみは、顔を横に振り龍一の唇から逃れようとする。
「恥ずかしがることねえじゃないか。恋人同士だったら当然のことだぜ。毎日セックスしてる仲なんだから、キスくらい当たり前のことだぜ」
「いやっ、聞かれちゃう……」
 まさみは頬を紅く染め、龍一の目に視線を送り止めてと訴える。龍一はその隙を縫って、拒絶の言葉を塞ぐようにまさみの唇に自分の唇を重ねた。

 衆人の中、キスされたまさみは顔を真っ赤にし俯く。
「最近の若い子はどこでもかまわずキスするのね。羞恥心ってないのかしら……」
「本当! ブラジャー見えてるじゃない。パンツも見えそう……。よくあんな格好で街中を歩けるわね」
「恥ずかしくなのかね。こんな街の真中でキスして……」
「キスする暇があったら学校行けよ。ろくでもない若者が増えたね、本当に……」
 ひそひそと、主婦たち、サラリーマンたちの話し声が聞こえる。
「どうして……こんな恥ずかしいこと、させるの?」
 まさみは紅い顔を俯かせたまま龍一に尋ねる。
「お前のその恥ずかしがるところが好きなんだよ。かわいいぜ、その恥ずかしがってるお前……」
 まさみの紅い顔は、周りで視線を送っている観衆には、龍一の言葉に照れているように目に映っただろう。
(本当に恥辱が似合う女だな。もっと恥ずかしい目に遭わせてお前の魅力を出させてやるよ)
 どんなに汚されても、どんなにセックスで逝かされても恥ずかしがることを忘れないまさみ。龍一は、まさみの紅い顔を見ながらほくそ笑んだ。

「デート費用でも調達するか。ついて来い!」
 そういうと龍一は、まさみの手を取って大通りから裏筋の道へと進んでいった。まさみが連れて行かれたのは、飲み屋やアダルトショップが入った雑居ビルだ。エレベーターのボタンを押し、降りてくるのを二人並んで待つ。
「二人でいる時は恋人同士だって約束、忘れるんじぇねえぞ。俺の言うこと、ちゃんと聞くんだぞ。そうしてたら、いつでもお前を逝かせてやるし、ほかの男に抱かすことなんてしねえから……」
 龍一は昨晩の約束を念押しする。
「……」
「返事は!? お前を逝かせられるのは俺だけだぜ? 逝けなくてもいいのかい?」
「ううっ……」
 言葉を詰まらせるまさみに、龍一は追い討ちのように言葉を続けた。
「先生のじゃあ……逝けないんだろ? 逝かせて貰えなかったんだろ」
「は、はい……」
 淫らな欲望に勝てない身体になった自分……。それを認めるようにまさみは、消え入るような小さな声で答えた。

 龍一は、まさみの手を引きビルのエレベーターに乗り込んだ。
「もう……あんな酷いことはしないって本当に誓ってくれる? ほかの人には……、させないって……」
 二人だけのエレベーターの中、まさみは龍一に問い掛けた。
「ああ、自分の女を他のヤツに抱かせる男なんていねえだろ。そんな変態趣味はないからな。お前が約束を守るなら、俺だって約束を破ったりしねえ」
 龍一の口から、はっきりと約束を守るという台詞が出てくる。いつもと違い、嘘は言っていないとばかりに真剣な目でまさみを見下ろす。
「お前が俺の恋人でいればな……。いままではお前は俺を拒んでたし、何より耕平に先にお前のバージンを奪われたのが頭に来てたからな……。初めてお前を抱いた夜に言っただろ? お前のファンだったって……」
 龍一には、身体は完全に堕としたとの自信があった。心を堕とすのも時間の問題だと感じている。
(こんなにセックスの相性もいい女なんて滅多にいるもんじゃねえ。絶対、心も俺のものにしてやる。それにしても、まさみが肉親でなくてよかったな、本当……)
 龍一は、星野奈緒のファンになった頃のことを思い出していた。なにか肉親のような親しみ、妹のような可愛らしさを感じた頃を……。耕平に、「この娘は抱けねえな。そんな気を起こさせない不思議な娘だ」と言ったことを思い出す。そしてクスッと苦笑いをした。

 エレベーターを降り一軒の店に入る。異様な店の雰囲気にまさみは不安を感じ、龍一の後を寄り添うように付いていく。やあ! と白髪混じりの店長らしき男性が龍一に、親しげに手を上げた。二人は旧知の間柄らしかった。
「まだ潰れてなかったか、この店……」
「何とかやってるよ。悪かったな潰れてなくて」
 龍一と店長の遣り取りには、只ならぬ仲が伺えた。ただ客と店主という関係だけでなく、年齢差を越えた親しさで二人は会話をしていた。

 連れて行かれた店は、セーラー服やナース服、アニメのヒロインを模した服などが所狭しと並んでいる。コスプレショップのようだった。しかい、奥の方にはボンテージウェアや鞭などが吊るされている。棚には、まさみを戒めるのに使われたバイブやローターなども並んでいた。

「少し変わったな……。ブルセラはしてないのか?」
「最近は取締りがきつくてね」
「そうかい、残念。じゃあ、しかたねえな……。他をあたるか」
 そう言うと龍一は、まさみの腰に手を廻し店を出ようとする。
「んっ? 売りたいのはその娘かい?」
 店長は慌てて龍一を引き止めた。
「ああ、でもやってないんじゃしかたねえ。他を探すよ」
「ちょっとこっちへ……」
 店長の翻った掌が、店の奥へと龍一とまさみを導く。
「えっ? 何なの?」
 世間のことに疎いまさみには、二人が何を話しているのか判らない。そんなまさみでも、店の危ない雰囲気は察しできた。しかし、龍一に背中を押されるまま奥の部屋に連れ込まれるしかなかった。

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