母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 危険な愛戯6

 男たちはもっと露骨に視線を投げかける。嫌らしい視線をまさみに向け、わざと近くを通り過ぎていく。そして振り返り、まさみの後姿を鑑賞し、へへへっと卑猥な笑いを上げている。
 中には二人の正面に立ち、話しかけてくる者までいる。
「兄ちゃん、素敵な彼女、連れてるね。貸してくれないかな」
 また、ある者は周りを見回しながら、「AVの撮影中かい? カメラはどこから撮ってるんだい?」と、カメラの位置を探しながら、しかししっかりとまさみの肢体を鑑賞している。そんな男たちを龍一が振り払うが、二人が過ぎ去るまで性欲に満ちた視線をまさみの後姿、薄いキャミを押し上げている臀肉に注ぎ続けた。

「恥ずかしい……。誰もいない所……に、連れてって……」
 真っ赤な顔で俯いているまさみが、震える声を搾り出す。
「もう、したくなったのか? 仕方ないなあ。もう少しお前の恥ずかしがる顔を鑑賞したいんだけどな」
 違うと反論したかったが、まさみは何も言えなかった。恥辱に晒されながら一人で帰る勇気のないまさみには、今は龍一だけが頼りなのだ。その龍一を怒らせることが怖い。もう、軽蔑の視線、淫欲に満ちた視線に晒され続けることに疲れ切っていた。神経は擦り減り、身体は芯から熱くなりまさみの体力を知らず知らずの内に奪っていく。とにかく今は、軽蔑と淫欲に満ちた視線に晒されるこの場から一刻も早く逃げたかった。その為ならば誰もいない所で龍一に抱かれてもいい、そんな思いがまさみに芽生えていた。



 まさみが連れてこられたのは大きな公園だった。子供づれの主婦たちや、若いカップルで賑わう中を、龍一に腕を組み連れて行かれた。二人を見た家族連れやカップルの白い視線を浴びながら、小道を進む。露骨に嫌な顔をする主婦たち、軽蔑の視線を投げかける恋人たち、人の多い公園を龍一はまさみの手を引き奥の方に連れて行った。
 公園を一周するメイン道から脇に抜ける道を行くと、そこだけはなぜか人がいなかった。木立にメインの道からの視界を遮られ、さらに奥は高い木が鬱蒼な林を形作り、その向こうに見えるビル郡からの視界を遮っている。そして、大きな樹木の下に、ブルーシートで作られたテントやダンボールを寄せ集められた小屋が立っていた。そこだけが都会の喧騒から遮断され、一種独特の静けさを保っていた。
 そこは、ホームレス達が集まったテント村だった。ホームレス達が集まったことにより、その公園の一角だけは一般の人が敬遠するようになったのだ。

 ホームレス達の縄張りであるこの一角だが、今はホームレスの姿は無かった。食べ物を求めて、または金目の物を探しに街に出ているのか、広場に人影は見られない。それとも昼間は日差しを避けてテントの中に身を潜めているのかもしれない。人気のいない広場のベンチに、龍一はまさみを座らせた。
「ここでちょっと待っていな」
 そして龍一が、その場を後にする。
「龍一さん……」
 心細さにまさみは、小さな声を龍一の背中に投げかけた。ここがどこなのか、どの道を通ってきたのか、まさみの知らない公園だった。緊張と興奮が続いていたまさみは、どうやってここに着たのかさえ判らない。龍一の背中が小さくなり、まさみの視界から消えていく。
(龍一さん、早く帰ってきて……)
 以前は、顔も見たくない相手だった龍一が帰ってくることを願うまさみがいた。

 遠くから聞こえる街の音、鳥の鳴き声、風の音でさえまさみを心細くする。誰かに見られているように感じる。まさみは心細さに胸が締め付けられた。
(龍一さん……、早く……帰ってきて……)
 目を瞑り俯く。いっそう心細さが募った。
(いやっ、一人にしないで……)
 視覚を閉ざされた感覚は、不安はいっそう大きくなる。肌を撫でる風が、耳に忍び込んでくる音が今まで以上に感情を揺さぶった。一度視界を遮ってしまうと、再び瞼を開くのさえ怖くなった。何か得体の知れないものが目の前に居そうで……。
(龍一さん……、どこへ行ったの? 私を置いて……)
 まさみは、まるで恋人を想うように龍一の帰りを切望した。

 ザッ……、ザッ、ザッ……、ザッ……。

(えっ?! 龍一さん? 違う、誰か来た?)

 風音に混じり聞こえてきた土の道を踏む靴の音……。ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる足音。明らかに龍一のものとは違っていた。しかしまさみは、怖くて目を開けれない。膝の上に置いた拳を強く握り締めるのがやっとだ。
(いやあっ、こ、来ないで……)
 恥ずかしい格好を見られることが怖い。こんな格好でいる自分が、男たちにどんな目で見られるか、そして男がどんな行動に出るか身に染みて知らされている。まさに男の欲情を刺激する格好でいるのだ。まさみは、人気のないところに連れて行ってと言った自分の浅はかさを呪った。
(えっ? 二人? 一人じゃない……)
 足音は、確かに複数の人間がいることをまさみに知らせてきた。
(龍一さん……、龍一さん、助けて……)
 今まで助けを求めるのは先生だった。しかし今日は、先生のことでもなく耕平でもなかった。真っ先に浮かんだのが龍一の名前だった。

「よう、ねえちゃん」
 聞き覚えのない低い男の声にまさみは、身体をビクンと震わせた。

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