母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 危険な愛戯7

 掛けられた声に引かされゆっくり目を開けると、目の前に三人の浮浪者が立っていた。声の主は、真ん中の男から発せられていた。背は低いが、この浮浪者三人組のリーダーらしくがっちりした身体をしている。
「ねえちゃん、こんな所に、一人で何してんだ?」
 元の色が何色だったのか判らないほどに汚れた服を纏い、土色の肌に深い皺が刻まれた顔の男三人がまさみの顔を覗き込んでいる。
「なんでも……ありません……」
 まさみは、目を合わせないよう下を向き、小さな声で答えた。

 男たちにとっては、久しぶりに会話する女性だ。一般人には、いつもは嫌がられ避けられている。特に女性には……。その女性が、男たちのテリトリーである公園の一角に一人で居る。当然、まさみの存在は、男たちの興味を引いた。そして男たちの目は、自然とまさみの大きく盛り上がった胸に吸い寄せられる。
「ねえちゃん、オッパイでけえな。いくつあるんだい?」
「ノーブラだろ? 乳首が勃ってるのが透けて見えてるぜ」
 まさみは慌てて腕で胸を隠し、真っ赤にした顔を横に背けた。
「だんまりかい。何とか言ったらどうなんだい」
「三つ編みにメガネ、おぼこの様な格好だけど、身体は結構淫乱そうに熟してそうだな。こいつ、きっと男を誘ってんだぜ。男とセックスしたくて……。そうだろ、ねえちゃん」
 側の男はそう言うと、ニヤニヤと黄ばんだ歯を見せた。
「ち、違います!」
「そんなことねえだろ。じゃあ、どうしてそんな格好でここにいるんだ?」
 リーダーらしき男の威圧するような強い口調に、まさみは背筋を固くする。
「ひ、人を待ってるんです」
 きっぱりと否定するまさみだが、男たちにはそんなことは知ったことではない。破廉恥な格好の女が自分たちの目の前に居ることだけが自分たちの興味の対象なのだ。
「セックスする相手かい? 男なら誰でもいいんだろ? 俺たちでよければ相手するぜ。いい物持ってるぜ、俺たち……」
 人を待っているというまさみの言葉を嘘と決め付け、自分たちの都合のいい理由を押し付けてくる。

「スカートもみじけえな。パンツ見せたいのかい?」
「馬鹿だな。キャミソールっていうんだぜ、この服は……」
 両側の腰巾着のような痩せた男たちがまさみをからかってくる。
「もしかして、ノーパンだったりなんかして……。ヘヘへ……」
 脇に居た一人が、キャミの裾をさっと捲り上げた。
「きゃっ!!」
 本来見えるはずのパンティが見えない。そのかわり、黒い翳りが見えた。
「やっぱりだ。男探しに来たんだろ? やりたくてしょうがねえんだろ?」
「やっちゃうか。こんな格好で嫌ですって事はねえだろ」
 脇に居た男の言葉に、真ん中の男が低い声で言った。

「さあ、行こう。俺たちの豪邸へ。壁はダンボール、屋根はブルーシートだがな、へへへ……」
 真ん中の男が顎をしゃくると、それを合図に両側の男がまさみの腕を取り立ち上がらせる。
「やっ、やめて! て、手を離して!!」
 まさみは腕を抱えている男たちを振り払おうと必死で身を捩る。痩せた小柄な二人だが、まさみの自由を奪うには十分だった。逃れようともがけばもがくほど、キャミソールの裾が捲れずれ上がる。
「濡れてねえか? ほら、マ○毛に露が付いてるぜ、へへへ。恥ずかしがらずに言えよ、オマ○コしてって……」
「ち、違います!」
「濡れてるぞ。早くしてってことか?」
「ち、違う! 手を離して! 本当に人を待ってるの。いやあっ! 助けて! 誰か来て!!」
「人を呼んでいいのかな? そんな格好じゃあ、誰もお前のことなんか信じないや」
 まさみの訴えなんか男たちには知ったことではない。久しぶりの女に興奮した男たちは、嬉々とした表情でまさみの悲鳴を楽しんでいる。
「ちげえねえ。さあ、人を呼んでお前の格好、みんなに見てもらえよ。でも誰も来ないぜ、ここには……。みんな怖がって、へへへ……」
 そうなのだ。さっきからまさみも、誰一人見ていなかった。ここだけが、公園の中では異次元の世界のように静寂に包まれていた。
「何年ぶりの女かな……、へへへ……」
「お前、洗ってねえだろ。何年も……。チ○ポにカビ生えてんじゃねえか?」
「失礼な。まあ、洗ってねえから、ばい菌ぐらいはいるかもな。ははは……」
 男たちの卑猥な冗談が恐怖を募らせる。
「いやああ!!」
 まさみの悲鳴が、公園に響く。
「静かにしねえか。殺されてえのか?」
「ううんっ! うん……!!」
 口を押さえられ、まさみの悲鳴はくぐもった呻き声へと変えられた。

 リーダー格の男を先頭に、木立の中に建つダンボールハウスに向かう。
「いやっ、放して! いやあっ、本当に人を待ってるの。セックスなんてしたくないの!」
「静かにしろって言ってるだろ! 本当に殺されてえのか!?」
 二人の男に腕を抱えられ連れて行かれるまさみ。助けを求めようとするたび、口を押さえられる。押さえる手から臭う悪臭に、男たちの不潔さを思い知らされる。
(ううっ、うっ……。龍一さん……、助けて! 助けて……)
 その時、まさみの目の前にいたリーダー格の男の姿が突然視界から消えた。

 !?

「俺の女に触るんじゃねえ!」
 横から龍一の声がした。両手にソフトクリームを持った龍一が仁王立ちしていた。男は龍一に蹴られ、横にすっ飛んで倒れたのだ。
「ううっ……」
 呻き声を上げながら蹲っていた。
「俺の女に何しようとしてんだ? ああんっ!!」
 今のまさみにとって、これほど心強い言葉はなかった。あんなに嫌だった『俺の女』という言葉が、まさみを守ってくれる言葉のように感じる。龍一の存在が、この時ほどまさみに安心感を与えたことはなかった。

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