母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 明かされた秘密6

 耕平は授業をサボり繁華街を歩いていた。龍一がよく立ち寄るゲームセンター、ファーストフード店を回る。
「ここにもいないか……」
 龍一を見つけることは出来なかった。最後に、バンドがいつも使ってる練習スタジオに訪れた。まさか一人で使っているとは思えなかったが、他に龍一が立ち寄るところをこれ以上思い浮かばなかった。諦めの気持ちと一緒に、まさみが耕平の前に現れる前までは頻繁に使っていた練習スタジオの懐かしさが耕平を導いた。

 ドアに設けられた窓から中を覗く。一人でギターを爪弾く龍一の姿があった。ドアを開けると、ハードな曲を好む龍一には似合わないバラードの曲が聞こえてくる。
「龍一、どうして……」
「耕平か、この曲か? いいだろ? たまにはこんな曲もいいかなって……、作ったんだ」
 耕平の声に振り向いた龍一は、穏やかな口調で言った。
「なぜ……まさみと会うことを拒むんだ?」
「そのことか……。飽きたんだよ。ただそれだけだ。伝えておいてくれ。お前にはもう飽きた。もう俺の所には来なくて良いってな」
「飽きた!? それで済むのかよ。まさみをあんなに苦しめて!!」
 ドンッ!!
 耕平は龍一の胸倉を掴む、壁に打ち付けた。
「耕平、お前の望みだったんだろ? 俺が飽きるのが……。奈緒が解放されて嬉しくないのか? お前の望み通りになったんだぜ」
「うっ、……」
「おかしいだろ。俺が奈緒を抱いてる時には何もしなくて……、奈緒が自由になったら俺に突っかかってくるのは……」
 龍一の言うことは的を射ていた。最初に、耕平がまさみを襲わなかったら……、龍一がまさみを脅迫した時に龍一を殴ってでも止めていたら……、掛け違えたボタンは今ではもう掛け直すことも出来ない。耕平は、悔しさに龍一を睨み付けた。
「くっ!?」
 睨み付けた目に、龍一の瞳が映る。その目にうっすらと涙が浮かんでいた。耕平は、龍一の胸倉を掴む手を離し、ゆっくりと手を下げた。
「俺……、帰るわ」
 棒立ちのまま俯いている耕平を残し、龍一はスタジオを後にした。
(俺……、何をしてんだ? どうしたいんだ。どうして龍一を探したし……)
 龍一の言うとおりだ。龍一がまさみの前から姿を消すことは、耕平の願いだった筈であった。疑問が渦巻く耕平の脳裏に、耕平がまさみを襲ったときのこと、龍一にレイプされるまさみの姿、一人オナニーに耽り上げる苦しそうなまさみの喘ぎ声が折り重なってくる。
(俺はどうすればいいんだ……?)
 自分に問いかけるが、答えは返ってこなかった。



 夜、耕平は家から少し離れた通りで一人立っていた。まさみがマネージャーの車で帰ってくる場所である。目立たぬよう、電信柱の影で佇んでいた。マネージャーの田中なら何か知ってるかもしれない。龍一の態度の変化に不可解なものを感じた。まさみとの間に何があったのか……。それを知る為、耕平は田中を待った。

 まさみを乗せたワンボックスが止まる。何事もなかったように通常の時間に帰ってきた。そして長い髪を一本の三つ編みに結いメガネを掛けたまさみが降りてくる。マネジャーと言葉を交わすこともなく、俯いたまさみが家に向かって歩いていった。

 耕平は、まさみが路地へ家のほうに向かうのを確認し、走る出したワンボックスの前に飛び出した。

 キキーーッ!!

 ワンボックスはタイヤを鳴らし止った。運転席のウインドウが開き、田中が顔を出す。
「危ねえじゃっ!? なんだ、耕平君か……」
「お前なら知ってるだろ!? 龍一がまさみと会わない訳!! 言えよ!!」
 耕平は、車から降りてきたマネージャーの田中に詰め寄った。田中の襟元を掴み身体を揺さ振る。
「手を離せ! 騒ぎになるだろ!!」
「知ってんだろ!? 喋れよ!!」
 耕平の怒声に、通行人が何事かと振り返って視線を這わせている。必要に迫る耕平に、田中も困り果てた。
「ううっ、判ったから手を離せ! 喋るから!!」
 騒ぎになることを恐れた田中は、耕平に真実を話すことを約束した。

 耕平の手から離された襟元を直しながら、田中は周りの人間に聞こえないよう、低い声で喋り始めた。
「兄妹なんだよ、あの二人……。奈緒は、小林龍彦さんがレイプした女が産んだ娘なんだ……」
 驚きに固まる耕平。
(!? 嘘だ! 嘘に決まってる!!)
「嘘じゃねえよ。奈緒の母親が言ったんだ。龍彦さんにレイプされた時、出来た子が奈緒だって……。異母兄妹なんだ、二人は……」
(あいつは知ってるのか? まさみは……)
 田中もその様子に気付き、諭すように言葉を続ける。
「奈緒は知らない。知らせるんじゃないぞ。……奈緒が知ったら……、傷つくのはあいつだからな……」
 そして念を押すように話を続ける。
「誰にも言うんじゃないぞ。こんなこと知れたら、まさみの芸能生活も終わりだからな。近親相姦で喘ぎ捲くってたって世間に知れたら……」
 耕平は声も出せなかった。ただ呆然と立ち竦む。
「判ったらもういいだろ? 俺は帰るぜ」
 マネージャーの田中は、立ち竦む耕平を残し車を走らせた。

 マネージャーの車が去った後も、耕平はしばらく動くことが出来なかった。街の雑沓も車の走る騒音も耕平の耳には届かない。ただ一人だけ、静寂に包まれていた。
「言えないよな……。まさみに本当のことなんて……」
 耕平は、喧騒に中に言葉を埋めた。

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