古豪野球部、エースは女子?
でるた:作

■ 3

 蠣崎は、両手の掌をタンバリンのように叩いた。
「おーい! ちょっと集れー!」
 バットを振っていたり、飛球や打球を処理していた野球部員達が一斉に蠣崎を見た。ぽかんとした表情の三塁手が構えたグラブに、グランドから跳ね上がった打球が逸れた。ボールはグランド後方に転々としていく。部員達はバットや球を銘々のポジションに置き、蠣崎のいるベンチに駆けつけた。
「監督、なんすかあ!」
 センターの守備位置から駆け寄ってくる長身の部員が走りながら大きな胴間声をあげた。他の部員達は寡黙にせかせかと蠣崎に駆け寄っていく。
 部員達が集ると蠣崎は手の動きを止めた。部員達は蠣崎を中心にして半円を象るように集っていた。すると蠣崎はにんまりした面持ちでベンチの直ぐ後ろに待ち設ける卓と李子の二人に向って、短く不精髭の生えたあぎとを横に振った。連れるように、左側に立っていた李子が先立って、卓と李子の二人は部員達が囲む監督の前に表立った。
「なんすか? この人ら」
 センターの部員が訝しそうに訊いた。蠣崎は自信に満ちた表情で、ぼんやりしている部員達を見回した。
「よーく覚えておけ! 彼等は、我が野球部に今年の春入部する予定の新星候補だ!」
 大仰に蠣崎が言うと、部員達は同時に驚嘆の声をあげて拍手をした。しかし、蠣崎が右手を高く翳して拍手を制する。喧騒としていた部員達が一気に沈黙した。蠣崎は口の端(は)を引き締めた。そして、卓の方を紹介するために振り向いた。
「こっちは、富士宮中学のエースで四番だった倉持卓くん」
「よろしくお願いします」
 卓は軽い調子で頭を下げた。蠣崎は次に李子の方を振り向いた。
「そしてこっちが、与那国シニアのクローザーだった比嘉李子くんだ」
「よろしくお願いします」
 言葉のトーンや身のこなしが、終始冷静かつ丁寧な物腰で李子は挨拶した。その所作の間、卓は野球部員達の反応を眺めていた。顔を見ていると、その他人が何を考えているか、なんとなく読み取れた。
 例えば正面で惚けた顔をしている部員達は、完全に李子に熱をあげている。かー、可愛い! うそ。マジでウチの野球部に入るの? あの子狙っちゃおうかな! 彼らが考えているのはざっとこのようなものだろう。
 一方で無愛想な顔をしている部員達は、卓や李子に対して厳しい見方をしている。投手? 球速はどのくらいあるんだろ。俺らの野球部にもついに女がくるのか…。監督は何を考えてんだ? 女を入部させて、本当に甲子園が目指せるのか?
 そして、卓にだけ視線を向ける部員達は、こんな風に思っているかもしれない。男は何か頼り無さそうだな? こいつらだけには、レギュラー奪われたくねーな。
 卓は、自身にとって都合の悪いことを思われている気がして、部員達から視線を逸らした。
 蠣崎が卓と李子の後ろに回り込んで、二人の隣り合う肩にそれぞれ手を掛けた。
「こいつらは今、春休みだ。入学前だが、ウチの野球部で練習を始めてもらう。
いいな?」
 蠣崎に諾否を促されて、卓と李子は蠣崎に頷いて見せた。
「よしっ!」
 蠣崎は卓と李子の肩から手を離すと二人の前に出て、部員達と向かい合った。
「今夏は死に物狂いで勝ち抜くぞ! 目標はもちろん甲子園出場! 負けたら承知しねえぞ! そうとわかったら、さっさと練習に戻れ! 選手権は夏から始まるんじゃねえ、もう始まっているんだ! 練習の質、時間、一分一秒が勝負だぞ!」
「しゃああ!」
 部員達は雄叫びをあげて、意気揚々とグランドに散っていった。グランドでは部員達が打撃練習や守備練習を開始して、すぐにバットの金属音や、ボールがミットに入る音が聞こえてきた。蠣崎は卓と李子に顔を向けた。

「お前らには、グランドの隅っこで投球練習をしてもらう」
 蠣崎に連れられて、卓と李子の二人はグランドの西側に歩いていった。
「倉持。硬式ボールは初めてだよな? 使ったことはあるか?」
「はい。少し」
「おーい! 真柴ああ!」
 蠣崎が遠くのグランドで練習をしている部員達に向って声を張り上げた。
「なんすかー!」
 そう言ってプロテクターをつけた部員がすぐさま蠣崎に駆け寄った。蠣崎が部員の進行方向に背を向ける格好で、卓と李子を振り返った。部員の方に手先を向ける。
「紹介する。あいつは二年の真柴達郎。一応、ウチの正捕手だ。
これからお前達には、真柴を使って投球練習をしてもらう。単刀直入に言えば、投手の素質を試させてもらう」
 真柴が蠣崎の横に並んだ。
「やることはわかっているな?」
 蠣崎の言葉に、真柴は「はいっ!」と声をあげた。そして真柴は、卓と李子に向き直る。
「二年の真柴だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
 卓と李子は同時に挨拶した。真柴は優しい表情でそれを見届ける。そして、西側のグランドでピッチングベースとホームベースの距離を厳密に意識して、足先を使ってそれぞれの目印を地面に刻んだ。それから、真柴は仮設したホームベースの位置にしゃがみ、卓と李子の二人に向ってキャッチャーミットを構えた。
「じゃ、ひとまず倉持から、ボールを投げてみて」
 卓は蠣崎からグローブと硬式ボールを受け取り、仮説のピッチングベースに足を運んだ。卓がピッチングベースに行く間、不意に蠣崎は何やら気付き、再びグランドで練習する部員達に向って叫んだ。
「左利き用のグローブを寄越せ!」
 その声に反応した部員の一人がベンチに立ち寄った。そして黒のグローブを持って、蠣崎のところに走ってきた。蠣崎はグローブを受け取ると、部員を練習に戻した。
「期待してるぞ。比嘉」
 蠣崎は李子にグローブを手渡した。李子は頷いてみせた。野球において左腕投手は右腕投手に比べて希少価値が高い。卓は後ろ目に李子と監督の遣り取りを見ていた。
「倉持! 準備は出来たか!?」
 真柴が叫ぶ。
 卓は前に向き直って、ボールを持った右腕を振り上げた。
 女には負けたくなかった。
 卓は腕を鞭の様に振り下ろして、ボールを抛った。
 指先で弾かれたボールは、手元から直線上に残像を描いて、真柴のミットに向う。
 威力充分のボールは、バシッとミットを鳴らしてすっぽりとおさまった。

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