古豪野球部、エースは女子?
でるた:作

■ 4

 真柴は、卓の抛ったボールの反動をきっちり受け止めた。数秒間、その余韻に浸るように真柴は、キャッチャーの構えを続けていた。まるで卓の投球を吟味しているように。唐突に真柴はマスクをあげて、立ち上がった。
「ナイスピッチ!」
 そう言って真柴は、弓形にボールを卓のグローブに返球した。
「どうだ!? 真柴!」
 蠣崎が大声で問い質した。
「気持ちがいいぐらい、イイ球がきていましたよ!スピードを計ってみたいんですが!」
 その言葉を受けて、蠣崎は無言で頷くとグランドで練習に励む部員達に向って厳つい声をあげた。
「おーい!スピードガンを持ってこい!」
 間も無く一人の部員がスピードガンを持って蠣崎のもとに走ってきた。蠣崎はその部員ごと真柴に寄越した。部員はひょろりとした体形ながら、身長は190cmを超えていそうだった。スピードガンを持った部員は、自身の帽子をとると真柴に対して一礼した。そして部員は帽子をかぶり直すと、仮設ホームベースからピッチングベースに向けてスピードガンを両手で支えた。人差し指と中指を把手(はしゅ)の手前にあるボタンに引っ掛けた。
「倉持! こいつは反射神経がいいから、正確な数字がとれるぞ!」
 蠣崎はスピードガンを構える部員を見て、得意気に言い放った。
「その恰好、窮屈じゃないのか?」
 真柴が訊いた。思えば、卓は学ランを着たままだった。
「この状態で投げて、どのくらい球速が出るのか楽しみなんで。
遊び球かもしれませんが、1球だけ投げさせてもらっていいですか?」
 卓はにやけた。
「いいぜ」
 苦笑いの卓と同じ表情をして、真柴はマスクを下ろした。そして、どっしりとキャッチャーが捕球する姿勢に変わる。
「1球、いきます!」
 そう言うと、卓はそろりと左足の膝を臍の前まで上げた。次に、ボールをつかんだ右腕の肘の位置を高めに調整したモーションで振りかぶる。そして、浮いた左足で地面を垂直に蹴落とすように足を運ぶ。それと同時に、力を目一杯溜め込んだ右腕を腰から上の右半身が左方向にぎゅっと引き絞られる勢いに乗せて、振り下ろした。卓の手もとから弾かれたボールはその勢いを受け継いで真っ直ぐの球筋を描き、ぐいっと真柴のミットに突き進んだ。最後にバシッ! と高い衝撃音を残して、ボールはミットにおさまった。
「ヒュー。速えー!」
 スピードガンを構えていた部員が、メーターに表示された数字を真柴に見せた。
「何キロ出てました?」
 肩慣らしをするように腕を回しながら卓は訊いた。振り回す都度、学ランの生地がミシミシと悲鳴をあげていた。
「132!」
 真柴が声を張り上げると、蠣崎から感歎の溜め息がもれた。
 卓は真柴に対して頷き返すと、学生服の襟元のホックを外した。そのまま上着を脱ぎ、その下に着ていたワイシャツも脱いだ。上半身をビタミンCカラーのTシャツ姿にすると、卓は真柴の返球をグローブにおさめた。そして先程と同じモーションで、ボールを振り下ろす。バシッとボールがミットにおさまると、再びスピードガンの部員が真柴にメーター画面を向けた。
「133ー!」
 真柴が大声をあげて、ボールを卓目掛けて投げた。球速はほとんど変わっていなかった。卓は首を捻りながら真柴の返球を受け取った。
「MAXは135なんすけど」
 卓は納得できない様子だった。
「よし。倉持は少し休んでいろ!」
 結果に不服だったが、卓は足下に脱いだ服を脇に抱えた。

 蠣崎が、横で静かに卓の投球を見ていた李子に目配せした。
 卓がベースから少し離れると、代わりに李子がベースに走っていた。卓はグローブに入ったボールを李子の右手にはめられたグローブに向ってトスしていった。ボールを受け取った李子は、きょとんとした面持ちで卓を見た。
「恰好いいなあ。倉持くん」
「頑張れよ」
 去り際に卓はそう言って、李子の左肩をグローブではたいた。
 李子は仮設のピッチングベースに辿り着くと、すらりとした長い両足でグランドをつつくようにして地面の感触を確かめていた。
「大丈夫か?」
 真柴が呼び掛けると、李子はにっこり頷いた。
「踏ん張りがききそうで、普段どおりのボールが投げられそうです」
「そうじゃなくて」
 首を横に振って、真柴がマスクをあげた。
「比嘉。お前、スカートだぞ。
投球モーションでパンチラ。しちまうぞ」
 李子は目を丸めて、自身の下半身に目を向けた。膝丈のプリーツスカートが、相変わらず風にはためいている。李子はバツが悪そうな顔で、真柴を仰いだ
「大丈夫です。たいしたパンツは穿いてないので!」
 真柴は首を傾げた。
「そういう問題か? でも、お前がいいなら、いいぜ」
 真柴がキャッチャーの構えをみせると、李子は頷いてみせた。
「いきます!」
 先刻までの女の子らしい甘ったるい声とは別に、李子は甲高い声をあげた。表情は強張り、真剣そのものだ。李子は地面からゆっくりと上げた右足の膝を、抱き込むようにして胸元に引き寄せた。左の軸足を安定させて地面から垂直に立ち、ボールを握った左手の掌を、外野から本塁方向に見て左側に向けるように振り上げた。それから、左腕の肘を高く突き上げるようにして回し込む。その瞬間、上がった右足をするりと滑り込ませるようにして地面へ落とし、ホームベースに向って右方向に腰を力強く捻る。その反動を利用して左半身が回転し、李子は横手からシャープな軌道で腕を振り下ろした。同時にボールを指の腹で押すようにして弾く。ボールは横にキュルキュルと回転して、弾丸のような勢いで真柴のミットに直進した。バシッ! 目が覚めるような強烈な音がした。真柴のミットには、李子の抛ったボールがおさまっている。真柴はマスクを上げて立ち上がると、ボールを李子に返した。
「ナイスボール!」
 スピードガンを持っている部員が再び機嫌良さそうに口笛をふいた。
「すげー! 136っすよ! 真柴さん!
彼女、本当に女の子っすか?」
 部員は驚いた顔で、メーターの数字を真柴に向ける。
 卓は愕然とした。明らかに自身の投球よりもスピードと威力のあるボールを抛る李子に絶句していた。
 蠣崎は、満足そうに何度も頷いた。
「さすが、比嘉だ。MAXは137くらい出るだろう。
スリークォーターの中では、かなりの本格派になりそうだな」
 蠣崎は一区切りつけるように、両手を数回叩いた。
「よし! 比嘉も休め!
お前たちの実力は、大体のところは把握した」
 蠣崎の言葉を受けて、李子は真柴やスピードガンの部員に対して一礼した。そして卓のところに駆けていった。李子が間近に駆け寄るまで、卓はぼんやりしていた。
「どう? 私も恰好よかったかな?」
 李子の言葉に、卓は正気付いた。
 李子は照れくさそうに、キレイな光沢を帯びた黒髪をかき上げていた。
「どうでもいいけど、パンツしっかり見えてたぞ」
 何食わぬ表情で卓ははぐらかす。先程李子と交わした遣り取りと同じく、今度は手に持ったグローブで軽く李子の頭をはたいた。
「もう! こっちは真剣なのに!」
 李子は卓のグローブを払い除けた。
 卓は、李子の仮初めの怒りを受け流すように、蠣崎のもとに歩きだしていた。

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