黒い館
けいもく:作
■ 15.お館様の脱走劇2
お館様はどこまで緻密な計画を立てて、香子さんに結婚を迫っているのかわかりませんでした。単なる思い付きで言っているのかもしれません。
たとえ、勢いだけのプロポーズだとしても、社会的に見ればふがいないお館様であっても、香子さんは売れっ子の漫画家でした。結婚生活を支えていくだけの意思も能力もありした。
あるいは、お館様は、計算づくではないにしろ、香子さんとなら可能だということを本能的に感じていたのかもしれません。
だけど、香子さんはかぶりを振りました。
「そんなこと、できない。裕美さんが許すわけがないでしょ」
「裕美には関係ない。おれたちふたりの問題だ」
「わたしたちには、ふたりだけの関係なんてありえないの」
もちろん、そうでした。香子さんは、お館様の恋人ではありませんでした。館の女性のひとりとしてお館様に尽くしているだけでした。
かりに香子さんがお館様に愛情めいた感情を抱いていたとしても、それが、即、裕美さんや館のほかの人たちを裏切ることにつながりませんでした。
裕美さんたちとの信義関係を守ることのほうがはるかに大切でした。いまさら館を逃げ出すことは考えられないことでした。
それに裕美さんとお館様の絆も簡単に切れるとは思えませんでした。
「そうか、ダメか、おれなんかじゃあな」
お館様は少し情けないような声を出しました。
最後に残された手段は、香子さんの同情を惹き、翻意を促すことでした。でも、それくらいのことで香子さんの気持ちが動くはずもありませんでした。
「あなたは、今の生活の何が不満なの?」
そう聞かれて、お館様は答えにこまりました。
たぶん、今の生活は、ユートピアのようなものでした。美しい女性たちに囲まれ、その肉体をむさぼる毎日でした。だけど、と思いました。
「この生活は、おれが望んだものじゃないんだ」
実際のところ、お館様は裕美さんと結婚したかっただけでした。それで山村で同棲生活を始めているうちに、いつしか今のような生活形態になっていたのでした。
でも、さすがに裕美さんが結婚してくれないから香子さんに乗り換えるとはいえませんでした。
「ダメなんだな、絶対に」お館様は念を押すように言いました。
「はい」と言った返事には香子さんの決意と覚悟が秘められていました。
お館様は、ベッドの上に倒れるように仰向けになりました。顔には悔しさがにじんでいました。腕を眼頭にあててこすりつけました。
そして、「香子のおっぱいを入れてくれ」といって口を大きく開けました。
「右にします?それとも左?」
「どちらでもいい」
お館様が不機嫌そうに答えました。本当は、「くだらないことを聞くな」と言いたかったのかもしれません。
「じゃあ、右だ」
でも、脅えた様子の香子さんを見て、おれが決めてやったほうがいいのかもしれないと思い直しました。
香子さんは、ゆっくりと体重をかけないようにお館様にかぶさって、命令されたとおり、右の乳房をお館様のあいた口に入れていきました。
香子さんにもお館様が、ただ、単に自分のおっぱいを舐めようとしているのではないくらいのことはわかっていました。たぶん咬まれるはずでした。それも香子さんが、これまでされたことがないくらい強くでした。
それでも香子さんは、自分の乳房をお館様の口に含ませなければなりませんでした。
お館様は、そでにされた腹いせで香子さんには泣いてもらおうと思いました。まずは自分の受けた悔しさを香子さんの身体に報復することでした。
もちろん、悪いのはお館様でした。館のルールを破ろうとしたのもお館様でした。香子さんは館を守ろうとしただけでした。
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