狂牙
MIN:作

■ 第2章 ゲーム7

 俺は男の技術に舌を巻く。
 男は自在に雰囲気を操り、女達を翻弄して、嬲り、弄んで絶頂を与える。
 男は呼吸をするように、俺の女達を支配し、操ってマゾ奴隷の至福を与えていった。
 小一時間で完全に俺の奴隷達を6人屈服させた男は、好々爺然とした笑顔を俺に向け
「良い奴隷達だ。反応も良いし躾も行き届いている、美加園君の施術も完璧だ…。皆Sクラスとして登録しても、何ら遜色無い。どうして、Bクラスで登録して、わざわざポイントを下げる…?」
 静かな声で俺に問い掛けてきた。
 この男には、何一つ隠し立てできない事を感じた俺は
「ご存じでしょ…。俺と徳田の関係…それと、俺が[マテリアル]をどう思っているか…。[組織]が俺を疎ましく思っているのも俺は知っています。そんな俺の手元に、Sランクがゴロゴロ居ると知ったら、ハイエナ共の良い餌食です…」
 俺はグラスを空けながら、男に苦笑いを向ける。

 男はクスリと鼻で笑いながら、身を乗り出し
「まぁ、君の言わんとしている事は解るよ…、君の考えてる事もね…。だが、君はマゾを知らない節がある。本当に快楽に浸ったマゾは、社会生活なぞ望んでは居らんよ…。今、君のしている事が、君自身のエゴだと思った事はないかね?」
 俺に鋭い視線を向け、問い掛けた。
 俺はその問いに、返す言葉がなかった。
 男の視線も、男の質問も鋭過ぎた訳だからでは無い。
 俺自身、感じた事が有るからだった。
 組織の者に陥れられた未熟なマゾでは無く、老化防止剤を使われ骨身に染み込むまで、調教されたマゾは、乙葉のリハビリを受けながらも、今でも快楽の中で忘我の快感に浸りたいと願っている。
 俺は、それを[洗脳]と位置づけ、自分の行為を正当化していた。
 だが、それがそうでは無いと、俺の心のどこかが知覚している。

 本当の奴隷に堕ちた者達は、[支配]を心の底から求め[所有者]に全てを委ねる。
 心や身体と言ったレベルでは無く、快感や肉体、生命に至まで全てを支配され、全霊で命令に服従する事を望んでいた。
 主人に使われる事が、彼女達の全てだった。
 彼女達は[身体を傷つけろ]と言えば、躊躇い無くナイフをあてがい、[死ね]と言えば間違い無く死を選ぶだろう。
 俺の命令に従って、[社会復帰]プログラムをこなしているだけだった。
 今の俺には彼女達の考えが、十分に理解出来た。
 だが、俺にはそれを認める事が出来無かった。
 それを認める事は、俺の妻と妹も[元に戻る事は無い]そう結論づけるからだ。
 俺の妻と妹は、今でも徳田の手元で飼われている。
[玩具]としてだ。

 男はドサリと身体をソファーに預けると
「君の気持ちも分かるが、奴隷達には[それに見合った幸せ]という物が有る。それを与えるのも、私達サディストの存在意義だと考えられんかね?」
 静かに優しいと言える声で、俺に問い掛けてきた。
 俺は完全に押し黙り、視線を男に向ける事すら出来無かった。
 何かが壊れそうだった。
 男の言葉、視線、態度。
 それが俺を包み込み、俺は自分の考えが変わりそうに成っていた。
 いや、知っている事に気付かされ、それが大きく育って心の有り様が変わる。
 そんな表現の方が、正しいかも知れない。

 だが、俺が答えを出し切る前に、俺の頭の中で有る記憶が蘇る。
 俺の頭の中に浮かんだのは、1人の男の顔だった。
 重い鉄(くろがね)のような雰囲気を纏い、鋭い視線を持った男。
 個人資産は兆円に達し、国内でダントツの力を持ち、マテリアル日本支部を30年間束ね続けた化け物の顔。
 以前に2度この目で確認した事があるその男の顔が、目の前の男の顔に重なる。
 目が、鼻が、口が、輪郭が、それらのパーツが一つずつ重なる度に、ピッタリと符合してゆく。
「て、天童寺…宗治…」
 俺の口から、男の名前が零れ落ちた。

 男はおれの呟きを聞いて[しまった]と言う表情を浮かべ、つるりと顔を一つ撫で
「あちゃ、気付かれてしもうた。ちと、焦りすぎたか…」
 舌をペロリと出して、首を竦める。
 呆気に取られる俺を尻目に大声で笑い始め
「いや、初めてだな。今の私と組織での私を、初対面で重ね合わせた者は…。流石だな叶君。今まで、誰1人見破った者など居ないぞ…」
 楽しそうな声で、俺を褒めた。
 俺はその時初めて、天童寺が俺を試していた事を理解した。

 俺の気持ちが落ち着き、言葉を返そうとした瞬間
「さて、素性もバレた事だし退散するとするか」
 天童寺は絶妙なタイミングで立ち上がり、スルリとボックスから抜け出した。
 俺の手足が届かないギリギリの距離に立つと
「今日は楽しませて貰った。又相まみえる事になるだろうが、それまで気を抜くなよ。落とし穴は至る所に開いて居るぞ」
 雰囲気をガラリと重い物に変えて、俺に言葉と供にぶつけて来る。
 一瞬たじろぐ程のプレッシャーを与えつつ、天童寺はクロークに向かう。
 俺は完全に出鼻をくじかれ、天童寺の背中を見詰めるしかできなかった。

 天童寺がクロークにさしかかると、クロークの中から、黒いスーツを身に纏った、2人の女が音も無く天童寺に近付いた。
 長い黒髪の女が、スッと天童寺にコートを羽織らせ、ショートボブの女の手には、天童寺の鞄が握られている。
 天童寺が身支度を調えると、クルリと女達が俺に向き直り、深々と頭を下げた。
 同じ背丈、同じスタイル、同じ雰囲気、同じ顔を持つ女達は、髪型だけが違っていた。
 俺はその女達を見詰め、内心驚きを隠せなかった。
 その美貌もさることながら、この女達は俺に気付かれる事無く、ずっとこの店に居たのだ。
 俺が店内に入って2時間、この女達は俺の10m以内に潜み続け、その存在を知覚すらさせなかった。
 その穏行は、今は俺の連絡員をしている、由木以上のレベルだ。
 それをどう見ても24、5歳の美女達が行っているのだ、驚かずには居られなかった。
 その女達が、天童寺の前後に分かれ、ショートボブがスッと入り口の扉を押し開け、ロングヘアーが背中を守る。
 澱み無く流れるような女達の動きに、一分の隙も無い。

 天童寺は女達に一瞥をくれる事も無く、無言で歩き始めた。
 天童寺が入り口を潜り、ロングヘアーの姿が消え、扉が閉まる瞬間
「人体改造は、君が思う程酷い物では無いよ…アレは、アレで中々趣が有る。認めろとは言わないがな…」
 低く渋い声で、俺に告げた。
 俺はその言葉を聞き、ギリリと身体の中で殺気が膨れ上がるのを感じたが、樫の扉に阻まれて、天童寺に届く事はなかった。
 俺は捻っていた身体を正面に戻し、背凭れに両肘を掛け、深々とソファーに身を預ける。
 俺はテーブルに置かれた、[携帯用細胞活性剤]を睨み付け、苛立ちを押さえ込む。

 ジッと動かず、俺は自分の中に意識を向け、この怒りの元を探す。
[天童寺だと気付かない、自分の間抜け振りか?]違う。
[人体改造を容認しろと言われたからか?]それも違う。
[2時間も潜んでいた者に気付かない、自分の未熟か?]いや、それでも無い。
 そして、俺はそれを見付けた。
 「俺の心が、あいつの甘言に折られそうだった事か…」
 俺は自分の見付けた答えを、ボソリと低く呟いていた。

 俺は呟きを自分の耳で確認し、その答えが間違い無い事を理解した。
 そう、俺は天童寺にそそのかされ掛けた、自分自身の心が許せなかったのだ。
 (奴隷の幸せだと…。いたぶり抜かれ、姿を変えられ、玩具にされる事が幸せだというのか…。それを涼子と香織が望んでいると…俺に認めろと言うのか…。出来る訳が無い…、出来る訳が…)
 俺はテーブルの上に置いてあった、ブランデーのグラスに手を伸ばし、一息で飲み干した。
 アルコールが俺の喉を灼き、俺を冷静にさせる。
 だが、天童寺の残した言葉は、俺の心に突き刺さり、抜けない棘のように存在していた。
 完全に負けた。
「研ぎ澄ませた爪か…。妖怪め…言いやがる…」
 天童寺との初邂逅は、気付かぬうちに俺の奥深くに、深い爪痕を残した。

◆◆◆◆◆

 その事が有って、それは直ぐに起きた。
 俺がbQと行っていたゲームに、異変が起きたのだ。
 俺の見ているモニター内で、潜伏させていた秋美が吹き飛んだ。
 情報収集の為、bQの元に送り込んでいた秋美が詰問され、俺との関係がバレた。
 そして、秋美はbQの部下に捕まり、殺された。

 その死に様は、壮絶だった。
 アナルと口にゴムホースを挿され、身体の中にプロパンガスを流し込まれた。
 秋美は、どこかの森に連れて行かれ解放されたが、男達は殺す気満々だった。
 苦しそうに顔を歪め、ヨロヨロと逃げまどう秋美を、3人の男達が手にアーチェリーを持ってニヤニヤと薄笑いを浮かべ見ている。
 男達がアーチェリーに矢をつがえると、先端に布が巻いて有った。

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