Midnight Hunter
百合ひろし:作

■ 第一章 屋島学園7

ウエーブの髪に顔の上半分を隠すマスクを着け、黒のスニーカーと靴下を履き、紫のリボンが付いた赤紫のブラジャーとパンティ姿の女は電話を掛けた後少し小屋の中で待機していた。どうやら獲物を誘き出すのに成功したらしく、更にその獲物は女子生徒の様だ。後はその女子が自分の望む人かどうかだった。
いや、1つ大事なことを調べ切っていなかった―――引き継ぎの事ばかり考えていて調べ切る前に実行に移してしまった。女は少し早まったと思ったがここまで来たらもう後戻りは出来ない―――、まあもっとも自分が後継ぎにしたいと思っている女子生徒でないならば全然調べてない為に分からないから、いつも通りに一撃で気絶させてしまえば良い。問題は後継ぎにしたいと思っていた女子生徒だった場合だ。どっちにしろ襲撃してみなければ分からないという事だった。
今回誘き出せた人が誰なのかという事はホックに頼んだ事ではあるがホックも直接その女子生徒に接触した訳では無かったので誰なのかという情報が抜け落ちていた。

時間が来たので女は小屋から出て1回目の見回りに向かった。20時はいつもよりかなり早いがあまり遅い時間を指定すると警戒されるかもしれないとホックから言われていたので20時にした。
町の明かりはまだ明々とともっていたが、屋島学園はグラウンドの周りを緑化運動の一貫として二重に木を植えてある。広葉樹の桜と常緑樹の椿である。それで年間幾等のCO2削減とか学園のパンフレットにうたっているのだが、それらがグラウンドの外にある街灯の光を年中遮り、学園敷地内は想像以上に暗くしているのである。これは現理事長の父の先代理事長の方針で始めた事だが、ミッドナイトハンターにとってはプラスに働き、動きやすくなっていた。今、玄関から堂々と入ろうとしてる訳だが、玄関の前はロータリーにある水銀灯の光の影響で明るいが、小屋から渡り廊下の下はほぼ真っ暗であり、出て来る所はかなり暗闇に目が慣れないと見付けられないといった程だった。
女は玄関のセキュリティキーを打ち込み中に入った。普段の見回りは外回りから始めるが今回は獲物が中に居るのは解ってるのでいきなり中に入った。今回に限った話では無いが獲物がはっきりしている場合はそこを狙い撃ちする―――例えば榊の時の様に。
榊は女子の体操服を盗もうとしたが、何年何組の誰が置いて行ったのか、との情報を裏サイトで得ていた。その情報をリークして誰の体操服をだったら盗もうとするか当たりをつけて、網を張った上で襲撃したのである―――。
こうやってみると色々な人が裏サイトを使って様々な情報を得ていると思ってしまうかも知れないが、実際は裏サイトを知ってる人は全校生徒の1割、書き込んでる人はその中の3割、更にこの様に暗号や埋め込みを使ってる人になると更に少ない―――、20人いるかどうかというレベルだった。


女は職員室の前に来た。念の為にロックを解除して扉を開け、中を覗くが異常は無かった。再び扉を閉じるとこの時間帯は自動でロックが掛かった。それから階段で上の階へ向かった。窓から差し込む淡い光は影を作るのでその光に当たらないように―――、どうしても無理なら出来るだけ早く光の当たる場所を通過する様に移動した。もちろん音を立てない様にである。
そして目的地の学習室―――、扉は僅かに開いていてロックは掛っていなかった。先ずは中を覗いてみた。窓際で1人の生徒らしき人が何やら覗き込んで独り言をブツブツ言っていた。女は音を立てないよう扉を開けた。そして生徒らしき人の後ろに立った。
この位置まで来れば幾等の暗いとは言えもう誰だか分かる―――。肩よりやや長い髪でアクセントとして右側にピョンと小さく結んでいる髪型、そしてブレザーのボタンは全て外していて、ミニスカートから出てる足はスポーツで鍛えてるのがわかり、肌の色も健康そうに見える。そして靴下は絹のように白い―――。そう、顔を見なくても分かる。この女子生徒こそ女が後継者にしたいと思ってた生徒―――宮原葵だった。葵は携帯の画面に映る映像に見入っていて女の接近に気付いて居なかった。女は作戦の成功を確信した。後はどうやって葵を倒して後継者にするかという問題だった―――。

葵はまだ自分に襲いかかろうとしている者の存在に気付いて居なかった。映りが悪い映像を見ている為、何回か早戻しをしては見直していた。榊と見られる者が窓をこじ開けて入ろうとした瞬間、急に慌て出してライトを振り回し、その後彼の目の前を何かが通ったと思ったら崩れ落ちた。
「こ……これは……?」
葵が呟いた時、すぅ、と気を入れる音がし、同時に強い殺気を感じた。
「だ、誰!?」
葵は声を上げた。殺気は窓からの光が届かない部屋の中央からだった。葵は携帯を閉じて立ち上がり、警戒しながらゆっくりと殺気の方に一歩二歩と歩んだ。
外の明かりが入る窓側でしかも光を放つ携帯の画面を見ていた為、暗い所にいる陰が見えなかったが、少し目が慣れて、光の差し込む方と逆の窓の空の色に相手のシルエットが浮かんだ。そして相手の足元は僅かに見えた。闇と同じ黒い靴と靴下―――。
葵は外からの明かりが入って来るギリギリまで進んだがそれ以上は行かなかった。思った以上に相手は近くにいる。多分もう間合いに入ってるだろう―――、身長も足の長さもほぼ一緒。
ほぼ一緒―――?
何故解った?身長は兎も角足の長さまで―――。自分と相手を比べれば解る、相手のシルエットは体のラインそのもの―――。つまり少なくとも上着と称する服は着ていないという事であった。着ているとしたら体のラインに殆んど影響しない下着と靴下位である。となるとそこから導き出される結論は1つしか残されていない!
「ミ……ミッドナイト……ハンター……なの……?」
葵は恐る恐る口にした。その瞬間相手の一撃が飛んで来た。間一髪葵は避けてローキックを出した。相手はそれを避け、再び光の境を中心に対峙した。
「逃げるのは無理みたい」
葵は扉を横目にそう思った。仮に相手を怯ませる一撃を入れて扉に走っても多分開けてる間に捕まる。しかもその捕まり方は相手にまともに背中を向けた状態になるので危険すぎる。もうトコトン闘うしか無かった。しかも短い時間で。ミッドナイトハンターという位だから朝方まで対峙していても平気だろう。下着姿の相手だから外が明るくなれば引き揚げるしかない。しかし、葵の体力がそこまで持つ訳が無かった―――。そうなる前に決着を付けて逃げるしかない。
ミッドナイトハンターが実在したとなれば、榊やラグビー部の人達は、彼女にやられて何らかの形で生徒会に連絡が行き停学や活動禁止処分にされた事になり、切れていた糸が全て繋がる事になる。つまり、葵はここで捕まれば何らかの処分は免れられないのだ。最近こそ生徒会からのマークは外れたが、生徒会長が直々に葵が無駄に学内に残っていないか見に来ていたのだ。マークが外れた途端に事件を起こしたとなれば―――やはり停学コースだろう……。


光と闇の境目で葵と女は互いに単発攻撃をした。葵はパンチとローキック、女はパンチにしろキックにしろ、葵の頭を狙っていた。脳に振動を与えて一撃で気絶させようとしていた。
何合か打ち合った事で葵は自分より相手―――ミッドナイトハンターの方が強いと感じた。パンチラしないように足技はローキックのみにしていたが、もう躊躇してはいられない。兎に角強い相手に勝つには相手が予想もしない踏み込みをしなければならない。
葵は一歩踏み込み、左足を振り上げ女の側頭部を狙った。女は軽く避けた。葵は左足をつくや否やその勢いで右足で蹴りを出した。スカートは大きく捲れ赤い大きめのリボンが付いた可愛いピンクのパンティが丸見えになった。女は今度の蹴りの踏み込みが予想以上に大きかったので大きく避けて体勢を崩し掛けた。葵も空振りした事でバランスを崩し追撃出来なかった。

闇に踏み込み過ぎた―――。そう思った瞬間、扉に向かって走った。女はすぐに追い掛ける。逃げ切れる訳がない、葵が扉を開ける瞬間に一撃を入れれば良い。
しかし葵は扉の2m程前で止まって向き直り、振り向き様に回し蹴りを出した。そう―――逃げたのでは無い、明かりが入って来るエリアに女を誘い出したのだった。
「本当に―――下着姿だったんだ……」
葵はドキッとして少し顔を赤らめて呟いた。もう、外から入って来る光だけで相手の髪や身に着けている物の色等も判別出来る位目が慣れていた。女の髪の色、顔の上半分を隠しているマスクの模様、黒い靴下と靴、そして赤紫のブラジャーとパンティ―――。流石にブラジャーとパンティに付いてる濃紫のリボンの色は夜の色に一番溶けやすい色だったので分からなかったが。
女は一歩引き、葵が一歩詰めた。その瞬間、葵の側頭部を狙った女の蹴りが飛んで来た。葵は上体屈めて避けた。視界に入ったのは女のパンティの股間部分を中心に太股の内側や臍の辺りまでだった。葵は驚いた。
「え―――ま、まさか」
声に出した。この女の正体があの人かも知れないなんて―――。でもあんな位置にあんなものがあるなんて―――それ以外考えられなかった。それを確かめるにはもう、マスクを外すしかない。

再び対峙した。さっきの連続蹴りはもう見切られるだろうから、次は―――、
葵は拳を固く握り直して右足で踏み込みパンチを打った。女はそれをいなす、続いて左でローキック。それも女は引いて避けた。左足をその場に下ろして軸にし、間発入れず右のハイキックを放った。大きく踏み込んで足を振り上げたのでスカートはブワッと大きく捲れた。まるでスカートなんて無いかの様にパンティが丸見えになった。
カッ!
女は大きく引いて避けたが僅かに葵の足が女のマスクを捉え、マスクは宙を舞い、窓ガラスにガツンと当たって落ちた。女は顔の左側を軽く押さえるだけで右手は完全に下ろし、そのまま立っていた。
「あ……、あなた……は―――??」
葵はそう言うのが精一杯だった。

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