Midnight Hunter
百合ひろし:作

■ 第二章 伝統1

葵の渾身のフットワークは女のマスクを弾き飛ばし、マスクは窓ガラスに当たりそのまま床に落ちた。
「あ……あなた……は―――?」
葵は振り上げた足を下ろし、左手を拳を握り前に出したまま言った。さっき女の太股の内側にあった黒い黶というかシミというか、ついこの前一緒に食事に行った日に突風が吹いて僅かにスカートが捲れた時に見たもの―――それを見た時に嫌な予感がした。自分とほぼ同じ身長、太股の内側にある黶の様なもの、それだけでほぼ確定なのに―――マスクを外した時の美しい顔―――。髪は完全に下ろして耳は隠れて見えないが。
「赤城―――先輩……、何故……?」
葵はショックを受けた。美人で聡明でテキパキしている憧れの生徒会長が何故こんな夜に下着姿で校内で格闘してるのか―――、座り込んでしまいたかった。しかし赤城先輩と呼ばれた女は、左手でこめかみあたりを押さえて右手は完全に下ろしていたが殺気を消していなかったので、葵はそのまま闘える姿勢を保っていた。
「正体を知られたからにはタダじゃ帰せないわね。貴方の強さは解ったし本気出すわ―――」
女は葵に対して初めて口を開いた。葵が正体を見破った事を、つまり自分が赤城理彩である事を認めた。その声は紛れもない生徒会長、赤城理彩の声だった。しかし葵の質問には一切答えずに逆に、
「マスク剥がす前に気付いてた感じだったけど、何で分かったのかしら」
と聞いた。葵は拳を引かずにそのままの体勢で、
「太股の内側の―――黶……です」
と答えた。理彩は、
「そう―――。少し貴方とは接触し過ぎた様ね。貴方がラグビー部の灯りに気付いた時に、その観察眼に気付くべきだったわ―――」
と言い、構えた。葵はゾクッとした。
「―――私をどうするつもりなんですか……?」
葵は恐怖心を振り払いながら聞いた。理彩は、
「後で考えるわ―――取り合えず、潰す」
と言って鋭く踏み込み、腹に強烈な一撃を入れた。葵は反射的に後ろに飛んで勢いを殺そうとしたがまともに食らい吹っ飛ばされた。床に尻餅を着き、そのまま仰向けになった。
「う……ぐっ……」
右手で腹を押さえて左手を後ろに着き片膝を立てて立ち上がろうとした。その時、側頭部に蹴りが入った。
今の一撃でほぼ意識が飛び掛けたが、何とかまだ意識を保っていた。パンティを丸出しにして大の字になっていたが、片足を動かすのが精一杯で、気に掛けてる余裕は無かった―――いや、スカートが捲れてる事自体に気付いていなかった。
「―――う……」
葵は何とか立ち上がろうとした。足を動かし、手で支えて―――。理彩は手を出さずに葵が上半身を起こすまで待っていた。葵が上半身を起こすと、理彩はパンティを指で直した後で、葵の髪を掴んで起こし、そのまま教卓にまるでプロレスのフェイスクラッシャーの如く叩き付けて、教卓に覆い被さる感じでいる葵の髪を掴み直して立たせた後、黒板に同じ様に叩き付けた。
葵はそのまま1歩後ろに下がりながら腰から崩れ落ち、片膝を立てた状態で大の字になった。
「顔はこれ以上はやらないわ」
激しい呼吸で胸が上下し、完全に顎が上がった状態で額から血を流してる葵を見下ろしながら理彩は呟いた。折角の後継者の顔をボコボコにするわけにも行かなかった。側頭部と額のみ―――。それだけで葵はこんな有り様だ。言い換えれば理彩の攻撃を食らって良くここまで持ったと。

葵は意識が完全に飛んだ訳では無かったが、はっきりはしてなかったので動けなかった。しかし、立ち上がろうとした。まだ戦意を失ってはいなかった―――。理彩はまるでプロレスの様に葵の腕と髪を掴んで起こした。葵は起こされた事で意識がはっきりし、回し蹴りを繰り出したがダメージを受けすぎてもはやキレがない。理彩は余裕を持って避けた。すると葵は一歩踏み込んで理彩の腕を取り、投げようとした。しかし、逆に外され、背中に蹴りを受けた。
「ああっ!」
葵は声を上げて前に倒れ、床にはいつくばった。なんとか体を起こし、四んばいになった。歯を食い縛って何とか立ち上がった。
「貴方が柔道をやってた事も調査済みよ」
理彩は言った。葵はそれを聞いて、
「私の事……全部……知ってるんですね……」
と言った。何だか自分の無力さを叩き付けられてる気がした―――。


去年―――、
「また負けか……」
空手部の試合で葵は負けた。ガックリして引き上げると3年生の先輩達が迎えてくれた。
「相手が強すぎたんだ。でもあいつも2年、来年借りを返してやれ」
副部長がそう言って励ましてくれた。葵は、
「ありがとうございます、来年に向けて頑張ります」
と素直に答えた。しかし、来年は1人。仮に部員が入ってきて1人ではなくなったしても先輩は居ない。こうやって今まで指導してくれていたが、そういう人はもう居ないのだ。今いる3年生とはもうすぐでお別れなのである―――。
空手部は葵の他―――つまり3年生は10人だったが、全員男子だった。それだけに唯一の女子部員である葵には言葉はソフトに内容はハードに、兎に角来年1人になってもやっていけるように、また、折角空手をやっているのだから万が一の事があったら自分の身は自分で守れる様に指導してきた。
更衣室に向かう葵の背中を見ながら空手部の部長は、
「空手のルールに救われたな。もしリアルファイトなら―――宮原の方が強かった」
と小さく呟いた。葵は"そんな風な指導を"された事には気付いて居なかったが―――。


試合ではたいした実績を残していないのにこんなに強い人とやりあっているなんて自分を知らず、である。駄目で元々で逃げれば良かったのではないか、と思ったが、
「どんな強い奴でも隙はある、お前ならそれを見付けられる筈だ。諦めるな」
と部長が教えてくれた言葉を思い出した。今目の前に居るのは下着姿ながら憧れの先輩ではないか、正体を知らない状態で対峙した瞬間なら兎も角、憧れの赤城理彩と分かってから、逃げた方がいいなんて一瞬でも思った自分を恥じ、パシッと右手で頬を叩いて気合いを入れた。
足は少しフラついている、でも今やれる渾身の一撃を入れるべきなのではと思った。
「赤城先輩、行きます」
葵は構えて言った。

理彩は覚悟を決めた葵の表情を見てフーッとゆっくり息を吐いた。そして一瞬安心した表情を見せた―――。いい表情だ、やはり宮原葵を後継者に考えて正解だった。後は―――、
後継者になれ、という事を断れない位完璧に叩きのめす事。
そう決意して理彩は軽く構えた。

葵は鋭く踏み込みパンチから右、左、そして右のコンビネーションで行った。最初のパンチは理彩にいなされ次の右のキックは屈んで避けられ、次の左のローキックはガードされた。全ては最後の右の蹴りの為の布石だった―――。
左足を軸にパンティを全て見せるかの様に大きく右足を振り上げ理彩の側頭部を捉えた―――入ればリアルファイトで勝つ為に先輩に鍛えあげられた葵の蹴りである。一発で決着が付く―――と思った。
その瞬間葵の腹に強烈な一撃が入り、後ろに倒れそうになったが何とか踏みとどまった―――が、それは今の渾身のコンビネーションも完璧に外された、ということだった。次の瞬間、腰に強烈な蹴りが入り、フラついた所に更に理彩が猛然と突っ込んで来て、葵の懐に一瞬で入り、強烈な掌底をぶちかました。
葵は後ろに吹っ飛ばされ積んであった段ボール箱の山に勢い良く激突した。山は音を立てて崩落し、葵の上半身、スカートのベルトよりも上は段ボール箱とぶちまけられた内容物―――乱雑に破かれた紙や直径2cm程の発泡スチロール等の緩衝剤―――の中に埋まってしまった。腰は潰れた段ボールの上に落ち、右足は変形してしまった段ボールに引っ掛かった。左足はだらしなく前に投げ出すという仰向けよりやや頭が下がり腰や右足が高い位置になる格好になり、スカートは完全に捲れ、パンティは勿論臍まで丸出しにしていた。

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