Midnight Hunter
百合ひろし:作

■ 第三章 葵3

そして最後の見回りも終えて小屋に戻って来た。葵は緊張の糸が切れてそのままドサッと床に倒れこんだ。理彩は葵の肩を軽く押して仰向けに―――大の字にさせた。葵の体には汗が浮いていた―――。
暫く経っても動かない葵を心配した理彩は葵の体を揺すったが起きなかったので顔に耳を近付けてみるとマスクの中から寝息が聞こえてきた。
「あらら……、寝てしまったのね」
理彩は呟いた。その時ピエロも戻って来て、
「寝ちまったか。初めてでどう調子を持ってくるかわからない状態で"あんなに体力使う事"したら無理ないな。マスクとかミッドナイトハンターネーム決めてもらおうと思ったが―――」
と言った。すると理彩はマスクを外して制服を着ながら、
「明日にしましょう。特別ゲストも呼びたいから」
とクスッと笑った。ピエロは、
「それもそうだな」
と言って、掛け布団を持って来た。理彩はしゃがんでから葵の太股から股間に触れ、
「乾いた様ね。起きたら良く洗っとくように言っておいて下さいね」
と言って帰り支度した。ピエロは、
「わかった」
と言って葵の顔からカラスマスクを外してあげた。
「寝顔も可愛いわね―――。じゃ、お疲れ様」
理彩はそう言って帰っていった。ピエロは、下着姿で大の字になって寝ている葵を数秒間眺めた後、掛け布団を掛けてあげた。葵は安らかな寝顔をしていた―――。
「しかし―――それを俺に言わせるなよ」
股間を良く洗っとけだなんて―――。ピエロは呆れた表情をした。


次の朝―――、葵は普通に登校した。きつかったが、空手部での朝起きの習慣が葵の目を覚まさせた。急いで制服を着て寮に戻り、それからシャワーを浴びて朝食採って着替えてから来たのだった。
「おはよう、眠そうだね〜」
友人の港優香が言った。葵は、
「うん……眠れなくてさ―――」
と答えた。『眠れなかった』嘘ではない。ミッドナイトハンターの仕事をしていたのだから眠れるはずがないから。しかし、仕事前や後にそれなりに寝てはいたので何とか頭を働かせる事は出来た。
そう―――、それが何と言っても一番キツイ事だった。ミッドナイトハンターをやってる事を悟られない為には普段今までと変わらない事が大切なのである。
この日たまたま全校集会だったので葵は、壇上に上がって話をした生徒会長の理彩や理事長を観察した。理彩はいつもの様に髪を長めにまとめて後ろに落とすスタイルで葵が憧れた会長だった。
そして理事長―――。彼は髪を固めてオールバックの様にして、スーツをパリッと着こなしていた。筋肉質で豊かな大胸筋、服の上からでも解る太い腕が、一般的に理事長と言った時に抱くイメージの様な締まりを失ったダボダボの姿とは全く違う事を見せていた。
理彩にしろ理事長にしろ、午前4時まで一緒に仕事をしていたのに―――と思った。
『まあ……ちょっと言いにくいが―――。股間良く洗っとけよ』
葵は7時に起きたがその時にピエロに言われた言葉を思い出し顔を赤らめ、下を向いてしまった。ここでミッドナイトハンターの時の事を思い出して顔を赤くするなんてご法度だったが、あまりの理事長と用務員、そしてピエロとのギャップに意識せずにはいられなかった。
理事長はそんな葵の様子に気付いた。葵の事自体は空手部の部長ということもあり以前から知っていた。いつもは真面目に話を聞いているタイプの生徒だったが下を向いている―――どう考えてもおかしいと気付いた。表向きはそのまま話を続けていたが。
理事長は壇上から下がった後控えていた理彩に、
「宮原さん、昼休みに理事長室に―――。もっとも最初に生徒会室に呼んだ方が自然だろう」
と耳打ちした。理彩は、
「分かったわ」
と答えた。

全校集会の後放送がかかった。
「2年生の宮原葵さん、至急生徒会室に来て下さい」
生徒会長の赤城理彩の声だった。クラスメートはギョッとした。心配して声を掛けてくる人もいた位である。
集会が終わって授業は勿論HR前にいきなりあの生徒会からの呼び出しである。余程の緊急性があることであり、そういうのと言えば大抵は何か問題行動を起こしたとかである。しかし、この間のラグビー部でさえ放課後だった。
「う、ううん。大丈夫。私、何もしてないから」
葵は心配そうにしていた優香に精一杯笑顔で答えた。


そして生徒会室―――。
葵は扉をノックすると、
「どうぞ」
と声がしたので入った。するとそこにいたのは理彩ただ1人だった。葵は他の役員もいると思っていたので安心―――は出来なかった。逆に1対1の場で話をしたがると言うことは、ミッドナイトハンターの話である可能性が考えられる―――。
「詳しくは知らないけど、普段の生活を崩してはいけないわよ」
理彩は言った。葵は驚いた。たったあれだけの時間で理彩にいつもとは違う事に気付かれてしまったからだった。理彩は、
「崩しては―――それが正体を知られる事に繋がるわ。気を付けて」
と言った。言葉は短かったがその警告に葵はゴクリと唾を飲み込んだ。理彩は、
「私も最初は言われたのよ―――。ピエロと、柏原由紀子先輩に」
と言った。誰でも最初は体調管理は難しい。しかし、だからこそあえて最初は厳しく言うのである。でないと―――普段の生活が乱れてそれがきっかけで正体を知られてしまう、又はミッドナイトハンターとして闘って相手に敗れ、それこそ相手の餌食―――犯されてしまうのである。下着姿で相手を挑発しているのだから。
「は、はい。気をつけます」
葵は返事をした。理彩はそれを聞いて、
「昼に理事長室に行きましょう。私も一緒するわ」
と言った。葵は、
「理事長室―――ですか?」
と聞いた。理事長室は限られた人しか入れない、一般生徒の葵はとても入れないのだったが、
「ミッドナイトハンターとその経験者は入れるわ」
と理彩が言った。更に実際に屋島学園を卒業した元ミッドナイトハンターが入っているのを何回か見ていたのだった。
入れるのは校長、教頭、生活指導部々長、生徒会役員書記以上―――そしてミッドナイトハンターもいるのである。
「まあ、さっき私が言った様な話だろうから、あまり気分は良くないかも知れないけど―――」
理彩はそう付け加えた。葵は、
「はい……」
と視線を落とした。

昼休み―――葵は理彩と理事長室に行き、理彩が言ったような注意を受けた。話自体は長くは無く直ぐに終わった。そして、
「今日は特別だよ。保健の先生に話はしておくから午後は寝てなさい。周りには具合悪いと言って置きなさい」
と言って保健室に行くように言った。葵はそれに従い、午後の授業は欠席してひたすら睡眠に宛てた―――。

放課後―――そんな事情もあるので葵は部活を休みにし、すぐに寮に戻ってシャワーを浴びて気に入った下着に替え、制服を着直して宿題など勉強を済ませて夜を待った。勉強が終わって時間が余ると食事をして少し寝た。

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