Midnight Hunter
百合ひろし:作

■ 第三章 葵5

女は―――、階段を上がり職員室の前に来た。そこで鍵を開けて中に入った。勿論その何れの動作でも無駄な音は一切立てず、注意していないと人が入った事さえも解らないレベルだった。
その女は濃紺のベレー帽を被りサングラスをしていた。こんな暗い中でサングラスをしていたら周りが全く見えないのでは?と思うだろうがそんな事は無い―――というのは女の掛けているサングラスのレンズはマジックミラーの様な物で、中から外は僅かに暗く見える程度でほぼ普通と変わらないからだった。
「じゃ、そろそろ行きますか」
口元に笑みを浮かべてから伸びをして、女は職員室から出た―――。


再び理彩と二人きりになった葵は、乱れた机と椅子を元に戻していた。その最中に理彩は、
「―――て事よ。貴方の敗因は」
と説明していた。基本的にミッドナイトハンターは一撃で相手を仕留める事が出来る。理彩も由紀子も、やり方は違えども攻撃力の高い葵を一撃で仕留めた。
つまり葵に必要なのは先程もあったように自分の土俵に相手を引きずり込み、そこで一撃で倒す戦略だった。それが無ければ格闘系の部の男子は倒せない―――。
理彩も、榊を倒した時は榊を翻弄し、ラグビー部を襲撃した時は相手がバテルまで待ち、それから部室から引きずり出した。相手は3人だったのでピエロの力も借りたが―――。そして葵に対しては広い場所でタイマン―――と状況に応じて使い分けていた。
「はい、ありがとうございます」
葵はカラスマスクとパンティも直して答えた。
教室の整理が終わった後、2人は隣、また隣の教室と見回った。そしてその階の最後の教室を見回った後3階も同じ様にチェックし、2階に向かったら、その時コツンと物音がした。
「調べますよね?」
葵は理彩に小声で確認を取った。理彩はコクリと頷いた。葵は音の鳴った方向に音を立てずにかつ外の光で影を作らない様に進んだ。
仮にこの場で襲われてもさっきの様にやられないよう最大限に警戒しながら一つ一つ確認していった。床から天井まで細かく確認していたが、床から顔を上げたその時―――、
「え……?」
葵の目の前に人がいた。ベレー帽を被りサングラスを掛けている葵より身長は10cm位低そうな大体150cm代後半位の女の人だった―――。
何故すぐに女と判ったか―――?
ベレー帽から出ているショートボブの髪型、そして―――、さっきの由紀子と同様に服を着ていなく、刺繍模様の可愛い黄色のブラジャーとパンティ、つまり下着姿だからだった―――。紺の靴下に黒いスニーカー。下着は明るく可愛い色であるにも関わらず由紀子とは逆に靴下と靴を暗い色にしているのは体が小さい分足が短い為、闇に溶けこませる事で間合いを見きられない様にするためだと思えた―――。
「5代目―――?」
葵が呟くと女は襲い掛って来た。何とかその素早い攻撃をかわしたが、感じたのは小柄な為か攻撃が軽い―――。理彩や由紀子の様に一撃で倒しに来ることは無さそうだと感じた。
葵はやられる前に、と思って反撃した。しかし、ここからがこの女の本領だった。葵の攻撃を受け流し、次の攻撃も受け流す。葵の技を避ける訳でも返す訳では無いが受け流してしまう。
そうしているうちに葵の攻撃は鈍くなって来た。こういう闘いになると逆に、パワーと打撃力のある葵より小柄なこの女の方が疲れずに有利になる。
『貴方と闘って弱点が解ったわ』
さっき言った理彩の言葉を思い出した。多分このまま闘えば仕留められる―――。理彩は葵のもう一つの弱点を知ってまた違うタイプのOGに声を掛けたのだと気付き、攻撃をやめて間合いを開けた。
女はクスッと笑い、ペロッと舌を出して唇を舐めてから、くるっと葵に背を向けて逃げた。
「え―――?」
葵は拍子抜けになったが直ぐに気を取り直して追い掛けた。しかし分からなかった―――何故この女が逃げたのか―――?今の格闘で特にこの女が不利という材料は無かった、寧ろ、攻撃が全てうまく捌かれてしまった葵の方が続けていたら不利だった位である―――。
女は近くの階段から上の階に上がった。それを追い掛けていくと姿こそ見えなかったが学習室の扉が開いていた―――。
何だかこの部屋に誘い込もうとしているのが見え見えである―――、しかもこの部屋は葵が理彩に完ぷなきまで叩かれた場所であり、自然と警戒心が上がった。

先程と同じ様に態とガラッと大きな音を立てて扉を開けて中に入った。そして周りを警戒しながらチェックしていたら、突然攻撃が飛んで来た。
葵は間一髪かわした。女は残念そうにクスッと笑い、続けて2発蹴りを出してきた。葵は1発かわして1発ガードした後反撃した。しかしさっきと同じ様にうまく捌かれ、葵の攻撃は当たらなかった。
葵はそれならば、とミドルキックの後に思い切り踏み込んでタックルしに行った。
「しまっ……」
読まれていた―――。女はそれを避けた後、バランスを崩した葵に思い切り両手で掌底を叩き込んだ。葵は吹っ飛ばされ、積んである段ボールの山に前に理彩にやられた時と同じ様に突き刺さった―――。
「なんてイヤラシイ……」
女はそう呟き、葵の様子を見に近付いた。勿論突然の反撃を受けないように横から近付いた。
葵は臍より上は段ボールの中に埋まってしまい、腰から下のみを見せていた。暫く動かなかったが、右膝を立てて少しずつ脱出しようとした。パンティ姿でそうしてる様は足を広げてウネウネと、まるで快感に腰を反応させて動いてる様でイヤらしく見えた。すると女は葵の膝を立ててる方の太股の裏側を、サッカーボールキックした。
「あぐっ!!」
段ボールの中から声が聞こえ、腰と両足が跳ねた。女はその瞬間に葵の足を掴み、段ボールの山から乱暴に引きずり出した。
「立って」
アニメ声―――とは言っても萌え系ではなくおばさん役っぽい声で女が言うと、葵は太股を押さえながら立ち上がり、マスク、そしてブラジャーとパンティを直した。女は、
「貴方、一直線過ぎるのかな―――?」
と呟き、ベレー帽を深く被り直してサングラスを直した。それから葵に向かって突っ込んで行き、葵がそれに合わせてカウンターをしようとした所、女は素早くしゃがみ足払いをした。
「うぐっ」
葵はそれを避けられず受けてしまい声を上げたが、倒れなかった。
「やっぱりまともじゃ軽いな」
女は思った。小柄な為攻撃が軽く、さっきの様に葵に大きな隙を作らせないと厳しいと思った。しかし長引くとそれを狙ってる事に気付かれ、組みつかれる可能性があるので間合いを離し考えた―――。
女は楽しそうにリズムを取る様に葵に近付き、そこからタイミングをずらして突きを入れた。葵は避け、間合いを離した。間合いを詰めると女の術中に嵌る気がした。
すると女はリズムを取りながら近付いたが、そこからミドル、そしてハイキックと連続で出してきた。葵は2発とも避けて女の隙をついて突きを入れようとした―――。
ドカッ!
葵は吹っ飛ばされ、崩れた段ボールにたたき付けられた。何が起こったのか理解できなかった―――。
「うう……っっ」
葵はすっかり崩れてしまった段ボールの山の上で大の字になりうめき声を上げた。女はその様子を見て、
「リボン―――、この子、今日はもう、私とは闘えないよ」
と言った。すると今まで学習室の外で見張っていた理彩が入って来て、
「確かに―――ね。ありがとうございます、ホック。これでクロッチも自分に足りないのがわかったでしょう」
と言った。ホックと呼ばれた女はクスクスと笑って、
「フフッ、おとなしいのに大胆な名前なんだね、この子―――」
と言った。そして、
「じゃ、先に戻ってるね」
と言って手を振って学習室から出ていった―――。

残されたのは理彩とまたも無惨な姿となった葵だった。理彩は、
「立って。モタモタしてる時間は無いわ」
と言ってパンティを直した。葵は、後ろ手について何とか立ち上がろうとした。理彩は目の前に立っているのに手を貸そうとせず、ただ立っていて葵が起き上がるのを待っていた。
「1階が終わったら戻りましょう」
理彩は葵が立ち上がるとそう言って、窓を開けて指笛を長く吹いた。

「お疲れ様―――」
女が小屋に戻ると、先に戻って来ていたストラップこと柏原由紀子が労った。由紀子は雪の様な白いマスクを外して顔を晒していた。
「ありがとう」
女はそう答えてサングラスを外して座った。その声はさっき葵に聞かせていたおばさん役の声では無かった―――。

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