緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第三話8

遥は希美の声を聞いて顔を上げた。するとさっきまで視界は真っ暗だったのが、希美の手はラインだけでなくきちんと肌の色まで、そして体のラインが見える所までは回復した。暗さに目が慣れてきたのだった。
「ご免なさい、見苦しい所を……」
遥は体を起こしてしゃがむ姿勢になった後、希美の手を握って立ち上がった。希美は、
「いいえ。恐怖を感じるのは当然よ」
と言ってフォローした。そして、
「暫くそのまま立ってて目を慣らしながら、風と音を感じてなさい。少し歩いてもいいし、疲れたら座ってもいいわ」
と指示をした。遥は、
「はい」
と返事した。それを聞くと希美はその場から立ち去った。
そして更に目が慣れてくると───、山の陵線に空、それから正面に視線を移すと水をたたえる川等がぼんやりではあるが視界に入った。河原には中小の石が敷き詰められていて、自分はその石や砂の上に立っているのであるが。ここに来た時と全く変わっていない、いや───変わる訳が無い風景が見えなくなるだけであれだけの恐怖感に襲われるなんて、どれだけ自分は心が弱かったのだろう?その弱さを知らずして小夜子に注意等してしまえば、今思うと目を付けられていじめられて当然だと思った。
「あ……」
遥は足元に視線を落とした時、面の中で赤面した。そう───下着姿で面を着けた自分の足元に脱いだ服が散らばっているのが客観的に見ると何ともイヤらしく思えたからだった。特にワイシャツは白なので一番目立った。しかもさっき倒れた時どうやらブレザーとスカートの上に倒れたらしく、それらはグシャグシャになっていた。
「はぁ……」
遥は面の上から顔を両手で覆い、溜め息をついた。それからその場にしゃがんで自分の体を触った。腰のくびれに手をやると肌の感触そのものだった。服を着てないのは確認するまでもないのだが───。それから手を下に移動させると僅かな範囲に布の感触があった。パンティのサイドだった。指で直した後、腰に手を戻して今度は上へ伝わせた。脇の下より下の所にある布の感触はブラジャーのベルトの感触があった。
「そのうち……外すんだよね」
遥は呟き、しゃがんでブレザーを手に取った。恥ずかしいが恥ずかしがってる場合ではない、どんな手段を取ってでも忍術を覚えなければならなかった。その為にまず始めたのは、

今の状態で服を畳む事───。

であった。白いワイシャツならまだしも、黒に近いブレザーやスカートは目が慣れて来たとはいえ、ポケットやボタンが何処にある等細かい所は判別出来なかった。そこで手先等、神経を集中出来る所は集中して、大まかな形は目で見ながら細かいところは手で確認しながら畳む事にした。
ここで普通ならば終わった後で面を取って確認するのだが、希美が良いと言うまで、つまり今日の修行が終わるまでは面は外せなかったので、確認はあくまで夜になってしまうがそれはそれで良いと思った。
全ての服を畳んで並べた後、遥は立ち上がって伸びをした。かなり目が慣れて来たので歩いてもいいかも、と思った。ゆっくりでも歩いてみると風が気持よく感じた───。

希美は戻って来ると遥が遠くでゆっくりと歩いているのを確認した。そして目の前にある遥の畳んである服を見て、
「なかなかセンスは有りそうね」
と呟いた。出来る事から始めよう、と考えた時に服を畳む事を始める事は希美にとっては想定外だった。


5ヶ月後───、夏が過ぎて秋も中頃。丁度夏の間に溜ったエネルギーを蓄えて冬の眠りにつく準備をしている山だった。大体夏バテで辛いの冬は寒くて体力が、なんて言ってるのは人間だけかもしれない。
遥はそんな自然の中で夏の時間を過ごしていた。アパートに帰るのは寝る時とアルバイトの時。つまり毎日初老の男性にこの山まで送り迎えして貰っていた。その事について、流石によそ者の自分を毎日送迎させるのは悪いと言う気がして、その事を言ってみると、
「気にしないで下さい。私の役割は忍術をやる者をそっと支えてやる事ですから」
と答えた。そっとと言う割にはなかなか大きい仕事である。帰りも合わせたら四時間なのだから───。

遥は漸く殆んど体を揺らさずに歩く事が出来る様になった。それと共に最初に比べたら歩行がかなり静かになってきた気がした。また、面もグレードアップしていて最初に着けていたものに比べるとかなり暗いものに変わっていた。
その中で肌が感じ取る風と聞こえて来る音を聞きながら神経を研ぎ澄ませて練習して来た。
「それだけ出来れば上等ね。ブラジャー外しなさい───」
希美は遥に指示した。遥は面の中で赤面した。何時かこの日が来るのは分かっていたし、やらなければ先には進めない。しかしそれでも人に乳房を晒すのは恥ずかしいし、ましてや小夜子に付けられた火傷の痕が痛々しかった。
五ヶ月も経ってるので痛みは当然無いが、マッチが激しく燃えた影響でそこそこ大きい痕になっていて、シャワーを浴びる時にそれを見る度にいつも悔しさに唇を噛んでいた。遥にとってブラジャーは胸の形を整えたりお洒落の為だけでなく、そういった過去を封印する為のものにもなっていた。
しかし、桜流を始めたのはそういった過去と決別していく為である。過去と共に傷を晒さなければ───。
「はい───」
遥は遅れて返事した。そして両手を背中に回してベルトを掴んでホックを外してから、片手でカップを押さえながら肩紐を抜いた。最後にカップを乳房から退けてブラジャーを胸から取り去り足元に落とした。
「……」
遥は暫く何も言わなかった。乳房自体は美しかったが、左の乳房に残る火傷の痕が痛々しかった。
その乳房に秋の風が当たった。遥は少し汗ばんでいた乳房がひんやりする感覚に少しの違和感を感じながら、黙って歩く練習を再開した。

とその時───。
「あ、遥お姉ちゃん!」
と声を掛けられた。霞である。遥は恥ずかしさが一気にこみあげて顔を、耳まで真っ赤にして
「うわっ」
と声を上げ乳房を両腕で隠した。霞は、
「久し振りに来たら遥お姉ちゃんまでオッパイ丸出しか〜」
とステップ踏むように横に移動しながら半分からかう様に言った。霞は大体一週間に一から二回来ていたがこの週は初めてだった。霞は塾に行ってる為に毎日は来れないと聞いていたがその他にも、
「お姉ちゃんが師範だし、多分───子供が生まれたら自分の子供にでも教えるんじゃないの?」
と夏に聞いてみたらこう答えていた。希美にとっては霞も遥もあくまで弟子であり、後継者にするつもりは無いのでは、という事だった。

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