緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第四話8

「斉藤真由羅───可哀想なコ。ここまで壊れたんだ……私はあんたを許さない」
そう言った。真由羅はその声を聞いて、何だか聴いたことのある懐かしい声だと思った───なんと言えばいいか分からないが冷えて固まりきった心を融かし始めて来た気がした。一方小夜子は電話の向こうで、誰よあんた!名乗りなさい、と言っていた。
「私が誰だか───本当に分からないの?」
そう言って電話を切った後、近くの塀に叩き付けて壊してしまった。
真由羅はハッとした。この人が今言った言葉から何故この様なするのか、その目的までを理解してしまった。復讐である───。そうだとするならばかなり誰だかは絞られる。真由羅は自分が小夜子に屈した後は小夜子の側で奴隷として奉仕していた。その為にグループの他のメンバーに比べて、"被害者の顔を良く見ている存在"だった。心が冷め切っていてもその記憶の蓄積だけは続いていた。
今声を聞いた事で奥底に押し込められた記憶のページが繋がった───。
声の主は音を立てずに真由羅の元に歩み寄った。もっとも真由羅の視界の中に居るので音を消す必要は無かったが。
「そろそろ仕上げないと……今の電話で大体の位置はわかっただろうから大勢で来そうね」
と言った。今までは誰を襲うときも無言を貫いたがこの時は短いながらも良く喋った。真由羅はゆっくりと頬を押さえながら立ち上がった。そして、
「青……山さん……なの───?」
今までの感情の込もっていない声ではなく、僅かに残っていた生きた真由羅の声だった。真由羅を襲った、いや、今まで小夜子グループを襲った通り魔事件の犯人は遥だった、
「そうだよ……今までの犯人は全て私───」
遥はそう言って真由羅の胸ぐらを掴んだ。そして止めを入れるべく拳を振り上げた。真由羅は全く抵抗せず両腕を下ろし、殴って下さいとばかりに目を閉じて歯を食い縛った。しかし、遥は殴る事無く拳を止めた。
「どうして……?」
真由羅が言うと遥は、
「真由羅さんだけが、判ってくれた───」
と答えた。そして真由羅を話すと真由羅は膝をついて遥を見上げる形になった。遥は右手をゆっくりと面に当てて外した。真由羅はその顔をはっきりと見た。間違い無く二年前に同じクラスになり、そして小夜子のいじめにあったが為に僅か一ヶ月で退学していった青山遥だった。
あの時と全く同じ───真由羅が友達になりたかったと願いながらも叶わなかった、透き通るような表情を見せる青山遥だった───。真由羅は涙が止まらなくなった。

「ごめんなさい、ごめんなさい……青山……さん……」
真由羅はその場で手をついて泣き続けた。小夜子に従わざるを得なかったとしても最後の止めを刺して遥を退学に導いたのは真由羅だった。今はその罪悪感に押し潰されてただ泣くしか出来なかった───。
「……して。青山さん……私を……殺して」
真由羅は顔を上げてすがりつくように言った。しかし遥は首を振った。
「殺したら───真由羅さんとは友達になれなくなるから嫌だよ」
遥はそう答えた。遥は小夜子グループに最初の暴行を受けた日、真由羅が「ごめんね」と謝ったあの言葉が忘れられなかった。そして最後の日───クラス全員の前で公開オナニーをさせられてイッた後、仕上げに真由羅が遥の乳房に約束の印として根性焼きを入れた時のあの押し潰されそうな表情───。一番辛いのは遥自身の筈なのに、その時思ったのは、このコとは友達になれそうだ、といった事だった。
「え……!?」
真由羅は顔を上げた。遥とは友達になりたいと思っていたがこんなに酷いことをし、更に小夜子の手先として現在進行形な真由羅を友達にしたいと思っていたなんて想像も出来なかった。
「え……?私を許す……って事───?」
真由羅は言った。遥は復讐を決意した後も、真由羅をどうするかはずっと悩んでいた。とはいっても真由羅も小夜子グループとして共犯者ではあるのでタダで許すつもりは無かった。

友近には気付かれていた。
「復讐はいいとして───随分斉藤真由羅の事は気にしてるじゃないか。どうするつもりなんだい?」
こう聞かれたので遥は、
「もし───私の事を完全に忘れたなら、容赦しないよ……。でも少しでも彼女らしい心が残ってるならきっと思い出すと思う」
と答えていた。

そして真由羅は遥の期待通りに思い出したが、逆に罪の意識に潰されてしまっていた。小夜子の呪縛から解き放つには自分が小夜子を潰すしかない───。
「但し、真由羅さんは責任があるから、責任は取って貰うよ」
遥は言った。真由羅は頷いた。
「どんな責任でも……取ります……から」
真由羅が言うと遥は、
「明日から暫くは学校には行かないで。私───通り魔にやられたって事で。その間に新潟小夜子を潰すから」
と言った。その時、
「こっちよ!見付けたわ!!」
と声がした。その声は遥が潰したいと思っている新潟小夜子とグループのメンバー三人だった。遥は外していた面を着けて、その場から逃げもせずに迎えた。
「漸く見付けたわ。私が暴行の現行犯で逮捕してやるわ。この通り魔───」
小夜子が指を鳴らして、それから三人に取り押さえる様に命令した。遥は三人の攻撃をひらひらとかわした後、ポケットに手を入れて中の物を地面に叩き付けると煙が上がり、その時一台の黒塗りの高級車が走って来た。ドアが開き子供が、
「おねーちゃん!」
と呼び掛けると遥は真由羅を投げ込む様に乗せてから自分も乗った。

突然の煙幕攻撃に黒い車───。通り魔を見付けて、取り押さえる寸前までいったと思ったのに逃げられて小夜子はあまりの悔しさに周りの壁や電柱を蹴って悔しがった。
「あんな仲間がいたなんて───でも絶対捕まえてやるわ!」
小夜子は叫んだ。

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