悪魔のメール
木暮香瑠:作

■ 恥辱的なメール2

 写真の中には、それが美樹だと断定するものは何もない。美樹自身とメールの送信者だけがその事実を知っている。クラスメートたちは、無責任に写真を話題にした。
「今井じゃないのか? この写真……」
 男子の一人が、冗談ぽく由布子に言う。
「バカ言わないでヨ! わたし達、こんな太いウンコ、しないわ。ねえ、美樹」
「う、ううん……」
 美樹は、曖昧に相槌を打つことしか出来なかった。

「静かになさい。どうしたの?」
 教室に入ってきた教師の高橋響子が、ざわついているクラスのみんなに注意を促した。
「どうしたの? そんなに騒いで……」
 みんなは、このメールのことを響子に言っていいものか途惑っていた。
「由布子さん、何かあったの?」
 響子は、原因を由布子に尋ねた。
「変なメールが来てるんです。送信者不明の……」
「へんなって……、どんなの?」
 響子は、由布子のパソコンを覗きこむ。響子の顔が、みるみる紅潮し怒りの表情に変わった。
「だ、誰なの? こんなメール、送るなんて……」
「送信者不明なんです」
「と、とにかくみんな、削除しなさい。こんな写真、送ってくるなんて……」
 女子生徒たちは、メールを早速削除した。男子生徒たちは、しぶしぶ削除に応じた。

「みなさん、いい? あんないたずらメール、無視しなさい。では、授業に入りますよ」
 響子は、そう言って今日の授業の説明をはじめた。一通りの説明が終わると、パソコンを使った実習に入る。みんな、普段通りに実習をしているように見えるが、あちらこちらでヒソヒソ話が始まる。
「えへへ、メールは削除したけど、画像だけ別のところに保存しちゃった」
「おお、オレ、削除しちゃったよ。後でオレにもくれよな」
「ああ、今晩はこれで抜こうかな?」
「へーー、お前こんなグロいので抜けるのかよ。俺は抜けないなあ」
 そんな会話が、美樹の耳にも聞こえてくる。
(いやっ、みんな、まだ、あの写真持ってる……。どうしよう……)
 自分でも見たことのない恥辱的な写真、排泄行為を写された写真をみんなが持っている。それを考えると、どうしようもなく恥ずかしくなる。
「美樹、嫌なことする人がいるんだね。こっちまで恥ずかしくなっちゃたわ」
「う、ううん……」
 隣の席に座っている由布子が、美樹に話し掛けてくる。
「あれ、自分で送ってきたのかな? わたしは違うと思うんだけど。男子のいたずらかな?」
「わたしも、そう思う……」
 美樹は、弱々しく由布子に答えた。
「あんな恥ずかしい写真、自分で送る女の子、いないよね。うちのクラスの男子のいたずらだよね。でも、誰だろう?」
「由布子さん、美樹さん、おしゃべりしてなくてちゃんと実習しなさい」
「はーい」
 由布子が、元気よく返事をした。美樹と由布子は、響子の注意に話を止め、パソコンに向かった。

 一人でパソコンに向かっている美樹を、不安が襲ってくる。メールは、この授業中にトイレに行き、パンティーを脱いでくるように命じていた。さもないと、顔が写った写真を学校中の生徒に送ると書かれていた。
(いやっ、パンティーを履かずに授業を受けるなんて……)
 パンティーを履かずに授業を受ける自分を想像するだけで顔が赤くなる。しかし、写真を見られるのはもっと辛い。パソコンに向かっていても、とても集中なんて出来ない。顔つきの写真を見て、みんなが美樹をからかっている風景が、脳裏に浮かぶ。いまでも、クラス全員の視線が、自分に向けられているような気がしてくる。その中には、メールを送ってきた犯人の視線もきっとある。犯人は、美樹の行動を見張っているに違いない。
(パンティーを脱ぎに行かなくちゃ……。みんなに恥ずかしい写真を見られちゃう……)
 美樹の顔の写った写真を見られてしまう恐怖と恥ずかしさが、パンティーを脱いで授業を受けること選択させようとする。
(行かなくちゃ……、い、行かなくちゃ、写真をみんなに見られちゃう……)
 写真を見られる恥ずかしさと、パンティーを履かずに授業を受ける恥ずかしさの間で心が揺れ動く。しかし、パンティーを脱ぐ勇気は生まれてこない。
(きっと、ただのいたずらよ。こんなこと……、起こる訳けない……)
 美樹は、悪い夢をみているのだと思いたかった。これがただのいたずらであって欲しいと願った。
(だ、誰なの? こんないたずらするなんて……)
 美樹は、クラスのみんなを見渡した。みんな、写真のことをヒソヒソと話をしているが、誰一人としてそれらしき人間は思い当たらなかった。疑問は、どんどん不安へと変わっていく。小さな背中が小刻みに震え、黒髪がさらさらと揺れる。
(でも…、顔が写った写真が配られたら……。わたし……、生きていけない……)
 男子全員が美樹の恥ずかしい姿を見たがっているように思えてくる。クラスの皆が、怪しく思えてくる。

 しかし、美樹は席を立つことが出来ないでいた。パンティーを履かずに授業を受けることなんて考えられない。写真を見られる恥ずかしさと、ノーパンで授業を受ける恥ずかしさが交互に襲ってくる。美樹が迷い、席を立てないでいるまま授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。

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