悪魔のメール
木暮香瑠:作

■ 最後の命令3

 いたずらメールの犯人が指定した日が来た。全ての授業が終わり、みんなが帰り仕度をしている。明日はパソコンの授業がある。今日、命令に従わなければ、明日のパソコンの授業の時、美樹のページのアドレスとパスワードが公開されるだろう。

 クラスメートのほとんどが教室を後にした。教室に残っているのは、美樹を含め数人になっていた。
「美樹、一緒に変えろ」
 由布子が美樹に声をかけた。
「今日はブラバンの練習ないの?」
「うん、顧問の藤原先生が研修でいないの。だから今日は、練習お休みなんだ」
「そうなんだ」
「うん、だから一緒に帰ろう」
「ごめん、由布子。今日は、だめなの、予定があるの……」
 いつもは、放課後、音楽室を使うブラスバンド部は休みであった。教室の一番端にある音楽室に近づく生徒はいない。命令に従わない理由は無くなってしまった。

 美樹は、顔を伏せ人目を気にしながら音楽室に向かった。廊下の角を曲がり、理科室や音楽室が並ぶ教科別の教室が並ぶ棟に入ると、生徒は急に少なくなった。一番奥の音楽室に着く頃には、見渡せる範囲には人影は無くなった。音楽室に着くと、音楽室のドアは鍵が閉まっていた。音楽室には、教室の前後に入り口があり、それとは別にステージに直接入れるドアがある。美樹は、そちらのドアに向かった。ステージの入り口のドアには鍵は掛っていなかった。美樹は、ドアを開け、中を覗く。ステージと音楽室とは、黒いカーテンで仕切られていた。カーテンの向こう側にいたずらメールの犯人がいるに違いない。美樹に気付かれないよう、こちらを見ているのだろう。美樹は、部屋の中に入り、ドアの鍵を内側から掛けた。これで全てのドアは鍵が掛けられたことになる。音楽教室に中には、美樹とメールを送ってきた犯人しかいない。他の生徒が入ってくる心配も無くなった。ステージの上には美樹が、黒いカーテンを隔て教室には犯人がいてステージ上の美樹を覗いているのだろう。

 ステージの真中に立つと、黒いカーテンが美樹に迫ってくるような圧迫感を感じる。
(誰かいるの?……カーテンの向こうから見てるのね。わたしが裸になるのを……。
 オナニーをするのを……)
 カーテンが僅かに揺れる。美樹は人の気配を感じる。
(やっぱり見てるのね。わたしが命令に従うのを……。一人なの? それとも二人?)
「みっ、見てるんでしょ……、だっ、だれなの……」
 美樹は、小さな声で犯人に話し掛けようとする。しかし、それ以上声が出ない。これから服を脱ぎオナニーをしなければならない緊張と、誰か判らない犯人への恐怖が喉を締め付け声にならない。



 カーテンのこちら側、教室側では、数人の男子生徒と女子生徒が、息を殺してカーテンの隙間から美樹を見つめていた。『変態女捜索隊』のメンバーたちだ。その中には、美樹の恋人・博史と友人の由布子もいた。

メンバーのところには、メールが届いていた。

7月○○日、放課後、
音楽室のステージ上でオナニーをします。
オナニーをする私をみて!
恥ずかしいから、決して声はかけないで。
カーテンも絶対開けないで、お願い。
私のオナニー姿を最後まで黙って見ていて……。
見られながらだと、わたし、とても感じるの。
感じてる私を見て……。

『変態女捜索隊』のメンバーたちは、メールを送ってきた犯人が来るのを息を殺して待っていた。美樹が、ステージ側のドアを開けて入ってきたとき、博史は、メールを送ってきた犯人が美樹だと気付き、声をあげそうになった。
「あっ、……」
 横に立っていた由布子が、博史の口を手で覆い、もう一方の手の人差し指を口の前で、「しーーー」と声をあげないように促した。博史は、あまりの驚きに言葉を失った。
(うっ、うそだろ、美樹……。美樹が、メールの犯人だなんて。あの露出狂の変態女だなんて……)
 メンバーたちは、驚きと歓喜の表情を浮かべている。しかし、誰一人、声をあげるものはいなかった。今、声をあげ、美樹の機嫌を損ねたら、オナニー・シーンを見損ねるかもしれない。美樹本人が、声をかけないでくれとメールを送ってきたと信じている。体育の授業で胸を揺らしていた、あの巨乳の美少女・美樹のオナニー・シーンが見られるかもしれないのだ。こんなチャンスを逃すわけにはいかない。たたずを飲んで、ことの始まりを見守っていた。
(美樹……、オナニーなんてしないでくれ。偶然、音楽室に来ただけなんだろ? 服を脱いだりしないだろ?)
 そんな博史の思いは、儚くも崩れた。

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