売られた少女
横尾茂明:作

■ 同級生1

 十月の空は深く澄んでいた。神社の深い森の木々は風に揺れ葉裏の色の変わりが秋風の通り道を表していた。

 美由紀は少し汗ばみながら神社に続く坂道を急いでいた。桑名駅のホームに見えた時計が2時40分をさしていたから・・もう3時を少し回っている頃・・美由紀は昨日から光男君が別れ際に言った言葉が頭を離れない・・。

「美由紀! 誰にも知られたくなかったら日曜の3時に狭間神社に来い!」
「来なかったらもう終わりだと思え」
「いいか! 俺が何を要求しているのかオモチャのお前なら分かるだろう」
「絶対来いよ・・」

(あー・・絶対クラスメートには知られたくないナ・・絶対に)

 光男君の憎悪に満ちた顔が思い出される・・
(なぜそんなに私が憎いの)
(私がいったい何をしたというの?・・愛人ってそんなに汚いこと?)
(私の・・わたしの悲しみなんて何にもしらないくせに・・)

(でも今日は光男君の言うことは何でも聞こう・・どんな要求にも従おう)
(だって・・義父さんにされた・・あんな恥ずかしいことにも耐えたもん)
(光男君のおもちゃになってもいい・・)
(この体・・今更・・守るもの・・何もないもん)

 美由紀はそう思うと心が晴れた・・家を出るときの憂鬱は少し薄れてきた。


 神社の鳥居をくぐり、馬の像の前を曲がった時・・「美由紀」と横から声がかかった。

(光男君だ・・)

 光男は神社裏に続く小径の脇の木にもたれながら、顔だけこちらに向けていた。

 美由紀が近づくと・・光男はビックリしたような顔をした・・

美由紀のきょうの服装はホワイトパンツにジョーンブリヤンの細かいチェックのシャツ、帽子はローズマダーチェックのベレー帽・・まるで雑誌から抜け出たような鮮やかな少女。

 この服は政夫が横浜で揃えたものであり、全て舶来でまだ東京でも販売されてないニューヨークファションの最先端の商品であった。

淡い栗色の長い髪は風に揺れ・・透き通るような白い肌と少し色の薄い瞳・・そして最先端のファションに身を包んだしなやかな肢体はとても中学生には見えないし、光男はこれまでにこれほどの美少女は見た経験も無かったのである。

 光男は圧倒される中・・「遅いじゃないか」と少し怒った顔で呟くのがやっとである。

「ごめんなさい・・出かけに自転車のチェーンが外れてしまって・・」

「いいわけなんか聞きたくない! こっちに来い」

 光男は美由紀の肩を押しやり小径の方に誘導した。

 小径は長く続き・・時折美由紀が振り返り光男を見つめると・・無言で肩を押した。

 林が深い森に変わったとき・・横にさらに小さな小径があり、鬱蒼と茂る小枝が低く、腰を屈めなければ通れない道がそこに有った。

 光男は震え声で「入れ!」と後方から怒鳴った・・。

 美由紀はその乱暴な物言いに怒りを覚えたが・・いまは素直に従うことにした、道とはいえない暗い狭間を50mほど座るような姿勢で歩いたとき急に視界が開いた・・そこは木々が「ポッカリ」と形容するぐらい無く、奇妙な感じに太陽の光が降り注いでいる場所だった。

 光男は着ていたジャンパーを脱ぎ枯葉に敷いて、「そこに座れ」と冷たく言い放つ。

 美由紀は悲しそうに膝立ちし・・光男を見上げる。

 その時・・光男は立っているのも辛そうなほど震えていた・・。

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