瑞希と悠希の放課後
木暮香瑠:作

■ アイドルとマドンナ1

 金曜日の放課後……。学園のロビーで二年生の黒川悠希(くろかわゆき)は、友達と掲示板に視線を向けていた。人一倍大きな黒目がちの瞳が、掲示板に貼られた紙を見詰めている。掲示板には、先日行なわれた生徒会役員の選挙結果が貼られていた。

 今は共学であるが、十年前まで女子校であった渋山学園では女子生徒が生徒会長になるのが通例になっている。男子生徒も生徒会長に立候補できるのだが、役員として時間を割かれるのを嫌い立候補するものは少ない。十年前、共学になった時から学園は、お嬢様学校から進学校への脱皮を図った。また、スポーツにも力を入れた。進学コースとスポーツ特化コースが学園の二本柱として順調に運営されていた。そのため、男子生徒は特に進学の為、スポーツをする為に入学してくる傾向が高く、生徒会役員などに時間を割かれるのを嫌った。今回も、女子生徒が生徒会長に選ばれた。

 つい数分前までは、クラスのみんなが歓喜の声を上げていた掲示板前だが、いまはみんな帰路について静まり返っている。
 さっきまでの喧騒が嘘のような静けさの中、結果を見詰める悠希のその表情には、わずかな不安の色とこれから課せられる責任の重さに立ち向かう決意が浮かんでいた。
「選ばれちゃったね、生徒会長に……」
 親友の多香子がすまなそうに言う。
「うん、選ばれちゃった……。でも、選ばれたからにはがんばらなくちゃ……」
 悠希は、責任の重さを自覚していた。

 悠希は、学園でも人気のある少女である。ショートにした髪が明るく元気な悠希に似合い、見るものを魅了した。160cmの平均的な身長……。しかし、細い身体に長い脚・小さな引き締まった顔が、遠目に見るとファッションモデルのようなスタイルに見せた。それでいて、気取ったところがない。誰にでも優しく、明るく接する。そしてその大きな瞳に見つめられれば、誰もが悠希に魅了された。生まれ持った性格と容姿によって悠希は、学園に入学して以来アイドル的存在だった。

 そんな悠希を、クラスメートが生徒会長候補に推薦したのだ。成り手のない生徒会役員に、各クラス一人を立候補させるのが学園の暗黙の了解になっていた。候補者を決めるホームルームの時、悠希に憧れを抱く男子の一人が悠希を推薦した。
「悠希ちゃんなら、瑞希先生がお姉さんだし……。先生たちにも意見を聞いてもらい易いんじゃない? 悠希ちゃん、やってよ」
 悠希の姉・瑞希は、この学園の英語教師をしている。親族を担任することは学園の規則で出来ないことになっているため、今は三年生の授業を担当している。
「そうよ、悠希が生徒会長ならみんな協力するよ」
 誰も成りたくない生徒会役員である。みんな、その意見に乗った。クラスの中では、学園内で悠希が一番有名なのも事実であった。学園のアイドルとして、悠希を知らないものは全学年を通して誰もいないだろう。悠希をクラスの代表として推薦するのは、何の不思議もないことに思われたのだ。

 悠希自身は、生徒会長になる気などなかった。成績も中の上の自分には、荷が重く感じていた。また、自分なんかが選ばれるわけないとも思っていた。
(笹岡さんも立候補するって聞いてるし、きっと彼女が選ばれるわ……)
 笹岡真莉亜(ささおかまりあ)が立候補することは、悠希の耳にも入っていた。学年で、いつも十番以内に入る成績の真莉亜が立候補すれば、彼女が選ばれるのが当然の結果だと悠希は思っていた。また、真莉亜の両親は地域の名士で、学園にも多額の寄付をしていた。真莉亜もお嬢様として、悠希と同様に学園内で知らないものはいなかった。
(どうせ私は選ばれないわ)
 クラスメートの必死の推薦を断りきれず、悠希は立候補することを承諾したのだ。

 しかし、悠希の思惑は外れてしまった。男子生徒の得票をほとんど集めてしまい、大差で選出されてしまった。

「悠希、がんばってね。協力するから……」
 多香子が悠希を励ます。
「ありがとう。忙しい一年になりそうね」
 二人は、励ましあいながら掲示板を後にした。

 その二人の後姿を見詰める数人の女性がいた。各々別の場所から、悠希の背中に視線を投げかけていた。

 一人は着任三年目の英語教師の悠希の姉・黒川瑞希(くろかわみずき)だ。タイトスカートに包まれたすらりと伸びた脚で凛と立ち、ブラウスを押し上げる豊かに盛り上がった胸を隠すように書類を抱えて、悠希の後姿に暖かい視線を向けている。

 胸の前で本や書類を抱えるのは、瑞希の高校時代からの癖である。85cmを超えるまでになった胸に男性の視線を感じ、大きくなった胸を誇示するのが気恥ずかしく、知らず知らず隠すようになっていた。教職についてからは男子生徒の視線を浴びるようになり、その癖はさらに顕著になった。しかし、いつも隠している訳にはいかない胸は、男子生徒の間では評判になり、細い腰と肉付きのいいお尻とが大人の女性を感じさ、二十四歳の若々しい女教師は学園のマドンナ的存在であった。

(大丈夫かしら、悠希はまだまだ子供だもんナ。でも、悠希ちゃん、がんばって……)
 妹が生徒会長に選ばれたことに不安を抱きながらも、そっと応援のエールを送った。悠希を陰から見送った後、女教師は背中まである艶やかな黒髪をなびかせながら職員室に向かった。

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