瑞希と悠希の放課後
木暮香瑠:作

■ アイドルとマドンナ2

 もう一方は、生徒会長に立候補していた対立候補の笹岡真莉亜とその取り巻き達だ。自分が選ばれると思っていた真莉亜の視線には、悔しさと敵意が込もっていた。
(何であんな娘が選ばれるの? わたしの何が劣ってるの? わたしのほうが美人だし、成績だって優秀よ)
「そうよ、真莉亜さんのほうが適任よ」
「変よね、黒川さんが選ばれるのって……。ちょっとかわいいだけじゃない」
 取り巻き達が、落選した真莉亜を慰める。しかし真莉亜には、慰めの言葉さえ頭にくる。
「とこがかわいいのよ、あんな娘!」
 真莉亜は、吐き捨てるように言った。

 子供の頃からお嬢様として育ってきた真莉亜には、悠希の存在が疎ましかった。中学時代まで、いつも自分が学校の中心にいた。地域の名士の子息として、先生にもちやほやされて来たし、男子の注目も浴びてきた。しかし高校になってからは、男子生徒の注目は黒川瑞希、悠希の姉妹に向けられている。そのことが許せなかった。

 瑞希は、真莉亜が見ても大人の魅力を感じ認めざるをおえない。十代の自分達にはない、落ち着きと優雅さがある。男子生徒の注目を浴びるのは理解できる。しかし、同い年の悠希までが男子の注目を浴びていることが、真莉亜にライバル心を抱かせた。
(許せないわ……、あんな娘……)
 真莉亜に歪んだ敵意が芽生えた。

 自宅に帰った悠希は、夕食の支度をしていた。二年前、父親の海外赴任が決まった時、母親も父に付いて行く事を決めた。すでに瑞希が教師になっていたこともあり、瑞希と悠希の共同生活が始まった。落ち着いたしっかり者の瑞希が一緒であることに母親も安心し、悠希を残して海外に行くことを決意させた。

 瑞希は教師の仕事で遅くなることが多い為、夕食の担当は悠希がすることになっていた。瑞希もすでに帰宅しており、今はシャワーを浴びている。
「お姉ちゃん、用意できたよ」
 テーブルに皿を並び終えた悠希が、浴室に向かって声を掛けた。
「遅いんだから……」
 出てくるまでに時間を要すると判っている悠希は、声を掛けた後、箸をテーブルに並び始めた。

 全ての用意が済んだ時、電話が鳴った。
「はい、黒川です」
 電話の相手は、瑞希の恋人・飯山隆からだった。
「あっ、飯山さん。お姉ちゃん、今、シャワーを浴びてるよ」
 飯山隆は、瑞希の大学時代の先輩で、今は隣町の高校教師をしている。隠し事をしない姉は、悠希が中学の時に妹に隆を紹介した。今では、悠希も隆のことを本当の兄のように慕っている。
「ねえ、あしたデート? お姉ちゃんに誘いの電話でしょ」
 電話の向うから、『そうだよ』と屈託のない返事が返ってくる。電話の向うの隆の顔が浮かんでくるような清々しい声だ。悠希は、少し表情を曇らせた。飯山さんが姉の恋人でなければよかったと思うことがある。姉の選んだ人は、悠希にとっても理想の男性だった。

 その時、バスタオルだけを巻いた瑞希が、浴室から出て来た。
「お姉ちゃん、飯山さんから電話だよ」
 悠希は、受話器を瑞希に渡した。
「あら、そう……」
 受話器を受け取った麻希は、バスタオルを巻いたままの姿で隆と会話を始めた。

 妹の悠希から見ても魅力的な女性だと思う。バスタオルの上端には、包みきれなかった肉隆が深い谷間を刻んでいる。そして下端からは、適度に肉付きのよい脚が、すらりと伸びている。姉と飯山さんなら、お似合いのカップルだと自分を納得させる。
「お姉ちゃん、裸にバスタオルだけだよ、今……」
 悠希は悪戯っぽく、姉の横で受話器に向かって大きな声で言った。
「もう、悠希ったら……、隆さん、聞こえちゃった? ごめんね」
 瑞希は照れながらも会話を続けた。

「着替えてくるから待っててね」
 電話を終えた瑞希は、部屋着に着替えるため自分の部屋に向かった。

 部屋着に着替えた瑞希は、悠希とテーブルを挟んで向かい合っていた。
「悠希、大丈夫? 生徒会長って大変よ」
 食事中の会話は、やっぱり悠希が生徒会長に選ばれたことが話題になった。
「うん、みんなも協力してくれるって言ってるし……。それに選ばれたことは光栄なことだし……、がんばるわ」
「そうね、選ばれてなったんだものね。がんばらなくちゃ、選んでくれた人たちを裏切ることになるもんね」
 瑞希の励ましに、悠希も心強い気持ちになった。しかし、悠希が生徒会長になったことを快く思っていない人間がいることに、瑞希も悠希もまだ気付いていなかった。

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