瑞希と悠希の放課後
木暮香瑠:作

■ 生徒会長は虐めの標的5

 拘束を解かれた悠希が差し出した財布を、美帆と澪が覗き込む
「全然お金、持ってないじゃない。これじゃあ足りないなあ……」
 何も買う予定の無かった悠希の財布には、千円札数枚と硬貨しかお金が入れられてなかった。両親からの仕送りを数日後に控えた悠希のお小遣い全てだった。
「これだけしか無いんです。本当です……」
 悠希は、俯いたまま言う。しかし、美帆たちがそれで許す筈が無かった。
「足りない分、稼いで来てよ」
 美帆は、あっさりと言う。
「ど、どうすれば……いいんですか?」
 何をすれば許してもらえるのか判らない悠希は、四人に訊ねるしかなかった。
「なにか万引きしてくれば? それを売れば、少しはお金になんじゃない?」
 真莉亜がした提案に、取り巻き三人も『そうね。それが良いわ』とあっさりと同意する。
「そ、そんな……、そんなこと、出来ません」
 悠希は、俯いた顔を横に弱々しく振った。

「じゃあ良いの? この写真、みんなに見られても……」
 澪が悠希の顔を覗き込むように言う。手には、悠希の恥辱的な写真が移った携帯が握られていた。
「みんな喜ぶわね、生徒会長さんのオマ○コ丸出し写真……。男子たち、お金出すんじゃない? 良かったわね、生徒会長さん。これを売れば、お金稼げるわよ」
 携帯の液晶画面を見せながら、皮肉のこもった満面の笑みで悠希に決断を迫った。
「だ、だめ!! それだけは……許して……。酷い……」
 悠希は、顔を激しく横に振った。この写真だけは、誰にも見られたくない。少女にとって、屈辱的で最も恥ずかしい写真だ。濡れた頬から落ちる涙が、床を濡らした。



 本屋から出てきた悠希を、真莉亜たち四人がすばやく取り囲む。
「何冊持ってきた? 見せて?」
 麻貴が悠希のバックの中を覗き込んだ。バックの中には、三冊のコミック本が入っていた。
「たった三冊? これじゃあ、たいしたお金にならないじゃない」
 悠希は、母親に叱られた小学生のように俯いた。嵩張る本をたくさん万引き出来ない事は、真莉亜たちにも判っていることである。本を万引きさせたのは、お金が欲しいわけではなく、ただ単に悠希を罵るネタが欲しかっただけなのだ。同級生であるはずの真莉亜たちとの間に、はっきりとした上下関係が出来てしまっていた。
「もう、こんなことさせるのよして……。いけないことだわ、万引きなんて……」
 悠希は、自分の犯した罪に苛まれ後悔していた。初めての万引きという罪が重く圧し掛かり、悠希の表情を暗くする。
「なに言ってんの。困った生徒のためでしょ? 生徒会長さん」
 悠希の罪悪感など関係ないとばかりに、澪が自分勝手な理由で正当化する。
「わたしたちは何も悪いことしてないわ。犯罪をしてるのは悠希さんだけでしょ。生徒会長さんが自分で進んでやってることだもん」
 真莉亜は、悪いのは悠希一人だと言わんばかりに冷たく言葉を放った。
「そんな……」
 全て悠希一人の所為にされている。脅かされてやったことだけど、自分が選んだことなのだ。悠希は、恥辱に負け選んだ選択を悔やんだ。
「あら、何か不満? じゃあ写真を売って、お金稼ぐ?」
 悠希は顔を横に振った。他の選択は許されないほど、真莉亜たちに撮られた写真は悠希にとって恥ずかしいものだった。
「さあ、リサイクルショップに売りに行くわよ。ほらっ! 売ってきて……」
 『うん』と頷いた悠希は、五人に背中を押されるようにして、本のリサイクルショップに向かった。



 悠希が陰湿な虐めにあっている頃、瑞希は飯山隆とのデートも終盤を迎えていた。
「今日は楽しかったわ。隆さん、ありがとう」
 車の中、瑞希は隆と軽いキスを交わし言った。
「おまえ、がんばりすぎるなよ。新米教師、悠希のお姉さん、そしてお母さん代わり……、がんばり過ぎてんじゃないか?」
 隆は別れを名残惜しみ、瑞希に話し続けた。
「そんなこと無いわ。教師だって、わたしの夢だったし……。悠希も素直であまり苦労はかけないし……」
 瑞希は、微笑みながら言う。目は、夢と希望に満ち溢れた少女のように輝いている。大学時代、二人して教師になる夢を語り合った時と同じ輝きだ。教師生活の充実を物語っている。
「そうか。なら良いんだけど……。もう少し俺とのデートの機会、作ってくれないかな?」
 隆は、少し拗ねた風におどけて見せた。
「それが不満だったの? でも、今は教師の仕事が楽しいの。我慢してね」
 瑞希は、ニコッと微笑みながら隆の頬にチュッとキスをした。
「じゃあここで。わたし、夕食の材料、かって帰るから……」
「付き合うよ、買い物……」
 車から降りようとする瑞希に、隆は少しでも二人の時間を延ばそうと言った。
「いいわよ。生活の臭いがすると、せっかくのデートも興ざめするでしょう?」
 瑞希は振り返り、優しい微笑を隆に返した。

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