瑞希と悠希の放課後
木暮香瑠:作

■ 姉は妹のために肌を晒す1

 日曜日、悠希は朝から出かけていた。瑞希は一人、昨日の出来事を気にかけ、悩ましい一日を過ごしていた。朝、悠希と顔を合わせたときも悠希は、瑞希の『オハヨウ』の言葉にも返事を返さなかった。悠希が挨拶をしないなんてことは、今まで一度もなかった。瑞希自身、自分に対し秘密など作るはずがないと信じていた。妹は自分を信頼し慕ってくれていると思っていたのだ。

 瑞希は、悠希が秘密を作り何も喋ってくれないことにショックを受けていた。自分を信頼して海外勤務に赴任した両親に対する申し訳なさ、自分の無力さに自信を無くしかけていた。
「悠希、どこに出かけたのかしら? 美帆さんや高田君のところ?」
 どこに行くかも話さず出かけたことが、瑞希を不安に導いた。昨日の事件を思い出すと、嫌な予感がする。虐めに遭い、悪いことに手を染めていないか心配になってくる。
(どうして話してくれないの? 何か悩みがあるの? 悠希……)
 瑞希は、サイドボードの上に載せてある写真に目をやった。写真立てでは、瑞希の恋人の飯山隆が微笑んでいる。
(わたしは教師なのよ。妹の悩みも理解してやれなくて、生徒の指導が出来るの?)
 瑞希は、隆の微笑みに少し元気を取り戻した。

 行き場所を告げずに出かけた悠希のことを気に揉んでいる時、電話がなった。瑞希が受話器を取ると、男性の声が聞こえてきた。
「悠希はいないかい? 代わってくれよ」
 低く抑えられた声が、受話器から聞こえてきた。
「高田くん? 高田君ね。悠希とどういう関係なの?」
 聞き覚えのある声に、瑞希は問いただした。悠希のことを呼び捨てにしている。悠希と裕司の関係が気に掛かる。
「悠希がいるのかいないのか聞いてんだよ」
 裕司は、瑞希の問いには答えず悠希の所在を訊ねる。
「悠希はいないわ。朝から出かけてるわ」
 裕司と一緒ではないことに安心し、瑞希は冷静を装って言った。
「じゃあ、伝えておいてくれよ。明日の放課後、ラグビー部の部室に来るようにって……」
 高田裕司は、それだけ伝えると電話を切った。裕司と悠希の関係は判らないままだ。

 その頃、悠希は真莉亜たちに呼び出されていた。高田は、悠希が留守なのを知っていて電話をかけたのだ。昨日の瑞希の慌て振りを見れば、きっと悠希には内緒にし瑞希が部室に来るだろうと踏んでいた。

 高田裕司が入学した年に、瑞希も渋山学園に赴任した。裕司は、瑞希を一目見てから、憧れの対象としてみていた。瑞希のいる場所だけが輝いて見えた。小さな顔に黒目の大きな濡れた瞳。いつも笑みを湛える柔らかそうな唇。しっかりした性格を表し滑らかな円弧を描く細すぎない眉。そして天使の輪を創るシルクのような艶のある長い黒髪を、バレッタで束ね背中に流している。万人に好かれるタイプの美人だった。それでいて、肢体は十分に成長した女性らしさを醸し出していた。瑞希のコンプレックスでもある大きな胸は、重力に逆らいブラウスを押し上げている。小さな背中からは想像できないくらいの量感があった。お尻は十分に張り釣り上がっていて、膝丈の紺のタイトスカートに包まれた長い足をさらに長く見せていた。そして、引き締まったウエストが、まろやかな曲線で胸とお尻に繋がっていた。

 裕司にとって瑞希は、いつかはモノにしたい理想の女性だった。しかし、そのチャンスがなかなか来なかった。他の教師が、問題児の裕司を不良のレッテルを張り色眼鏡で見る中、瑞希だけは優しく接してくれる。そのことが裕司に、瑞希に対し荒っぽいことをすることを止まらせていた。真莉亜たちの悠希に対する虐めは、裕司に瑞希をモノにする動機とチャンスを与えたのだ。

 瑞希は、高田の読み通り電話の件を悠希には秘密にしておいた。高田は、悠希の秘密を知っているに違いない。高田を問い詰めれば、悠希の秘密を教えてくれるだろうと考えた。教師の間でも評判の悪い高田だが、瑞希の授業だけはちゃんと授けてくれる。教師として信頼をしてくれていると信じていた。悠希を自分の手で救ってあげたい。それが姉であり教師である自分の勤めだと思った。

 月曜日の放課後、瑞希は一人ラグビー部の部室に向かった。悠希の背負った悩みの原因を聞き出し、悠希と裕司、真莉亜たちの関係を問いただす為だ。

 部員数が多いため、ラグビー部には学園で一番広い部室を与えられていた。部室に入ると、天窓から差し込む光に埃が舞っている。そして、汗の臭いに混じって異様な淫臭が鼻を突く。何の匂いだろうと訝ってる瑞希に気付いた裕司が振り返った。他の部員は練習のためグランドに出ている。部室にいたのは、裕司ただ一人だけだ。
「あれえ? 悠希じゃないんだ。悠希に来るように言ったんだけどな」
 裕司は不思議がる台詞を吐くが、目に驚きは表れていなかった。授業中、いつも瑞希に向けられていた視線と同じだった。
「高田君、教えて欲しいの……。どうして悠希が万引きなんかしたのか……」
 瑞希は、裕司の視線に押されながらも、ここにきた理由を切り出した。
「どうしてあんな写真撮らせたの? 悠希は……、虐めに遭ってるの?」
 しかし、裕司は鋭い視線を瑞希の全身に這わすばかりで答えようとしない。
「ねえ、答えて……。高田君、私の授業はちゃんと授けてくれてるじゃない。あなたは、みんなが言うほど悪い人じゃない。先生は、そう信じてるわ」
 そう言うと瑞希は裕司の鋭い視線に負けちゃいけないと、裕司の目をじっと見詰めた。

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