瑞希と悠希の放課後
木暮香瑠:作

■ 妹に晒す倒錯1

「悠希、六時間目の自習、抜け出してどこ行ってたの?」
「う、うん。ちょっとね……」
 放課後の渋山学園正門前、友人の問いに悠希は曖昧な笑顔で言葉を濁した。短い言葉で返事するのは、口を開けることさえ憚れるからだ。
「じゃあね、また明日。さようなら」
「さようなら」
 笑顔で友達と挨拶を交わす。裕司から受けた屈辱を悟られまいと、悠希はことに明るく振舞った。未だに喉の奥に、何かが貼り付いている感覚に苛まれる。息が臭わないかと気に掛かる。それは、けっして痰ではない。一時間ほど前に受けた口辱の記憶だ。牡の臭いだ。それに顎が痛い。長時間に渡って大きく開かれていた顎は、忘れることを許さないかのように今でもキリキリと痛む。悠希は友達に別れを告げ、帰路に着いた。

 マンションに着くと、ドアの前に真莉亜と澪、美帆、麻貴の四人が立っていた。
「悠希、お帰り」
 美帆が馴れ馴れしく声を掛ける。しかし眼は笑っていない。
「な、何の用?」
 悠希が一歩脚を引き、身構える。先日の公園のトイレでの屈辱が思い出される。この四人から虐めを受け、悠希と瑞希の歯車が狂いだした。その元凶の四人が目の前にいる。
「私たち、友達じゃん。中で話そうよ。入れてくれるわよね、い・え・の・な・か……」
 この四人には、誰にも知られたくない恥辱写真を持たれている。悠希には逆らうことが出来ない秘密を持たれている。悠希は、四人を一瞥すると、黙ってドアの鍵を解けた。
「分かってるじゃん、さすが友達!!」
 美帆が悠希の肩を抱き、一緒に部屋の中に入ってくる。他の三人もその後に続いた。
「へえ、結構広いじゃ。二人で住むには十分すぎるんじゃない?」
 巨漢の澪は、部屋の中を見渡し言う。確かに、悠希と瑞希の二人が住むには十分の広さだ。元々、家族四人が住むために購入したマンションだ。海外赴任している両親が、いつ帰ってきてもいいように、両親の部屋も残している。

「な、何のようなの? お金なんて持ってないわ。わたしに用事なんてないはずよ」
 悠希は、四人を睨み強い口調で言う。もうすぐ、姉も帰ってくるはずだ。ここで彼女たちが、先日のような酷いことをするとも思えない。
「今日は君にようじゃないんだな。瑞希先生に聞きたいことがあるんだ」
 美帆が、ニヤッと笑い言う。
「お姉ちゃんに……?」
 悠希は彼女たちの意図が判らないでいた。

 不穏な空気がリビングに漂っていた。悠希は、ソファーに座って姉の帰りを待った。眼の前のソファーには、テーブルを挟んで真莉亜が座っている。他の三人は、珍しそうに部屋の中を眺めている。
「ねえ、この男性、誰?」
 麻貴が、サイドボードの上に飾られている写真立ての中で微笑む男性を見つけた。
「悠希の恋人?」
 澪も重興味を示し、写真を覗き込み悠希に訊ねる。悠希は、俯いた顔を横に振った。
「じゃあ、瑞希先生の恋人だ。カッコいいじゃん」
 澪の言った一言に、真莉亜の眼がキッと写真立てを睨む。
「こんな素敵な恋人がいるのに瑞希先生、真莉亜の恋人にまで手、出したりなんかして淫乱よね」
 麻貴は、写真縦を手に取り悠希に振って見せた。
(この人たち……、お姉ちゃんと高田君の関係を知ってるんだ……)
 悠希は嫌な予感がした。悠希が生徒会長に選ばれただけで受けた虐めが思い出される。悠希は立ち上がり、大声で叫んだ。
「か、帰って!! みんな帰って! 用なんて何もないんでしょ!」

 その時、玄関のドアが開いた。
「ただいま。……悠希? 友達が来てるの?」
 玄関に並んだ靴を見つけた瑞希の声がリビングに流れてきた。

 短い廊下を抜けリビングに入って来た瑞希は、真莉亜たち四人を見つけた。瑞希の顔が、教師から妹を守る姉の顔に変わる。
「あ、あなた達、こんなとこまで……。ゆ、悠希を虐めに……」
 教室では決して荒らげる事のない声を荒らげ、四人を睨みつけた。
「何言ってんの? ウザイ!! 私たち親友だよね。生徒会長さん?」
 美帆が俯いたままの悠希の肩を抱き、顔を覗きこむ。

「何しに来たの!? 親友なんて嘘!!」
 瑞希は、ハンドバックを床に投げ捨て飛び掛らんばかりに四人に詰め寄る。しかし、四人には動揺も焦りも示さない。それどころか美帆は、クンクンと鼻を鳴らす。
「ねえ、臭わない? ザーメン臭くない? 男の精液の臭い……」
 悠希は、はっとし口を手で覆った。胃の中で貼り付いている牡の滾り、ラグビー部の部室で受けた口辱の名残が臭ったのではと不安になる。しかし、真莉亜たちの視線が向けられていたのは瑞希へだった。同じように慌てた瑞希が、思わずスカートの裾を手で押さえていた。
「やっぱりしたんだ、裕司と……」
 真莉亜が、冷たく鋭い視線を瑞希に向けた。

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