瑞希と悠希の放課後
木暮香瑠:作

■ 悠希の決心1

 練習試合後のラグビー部の部室には、裕司だけが残っていた。ベンチに腰掛け、首を垂れていた。薄暗くなった部室の中、床の一点を見詰める裕司の横顔が、窓から入ってくる僅かな光に浮かび上がっている。負ける筈のない相手、進学校の代館川高校に負けてしまった。全国大会の優勝を目指している裕司にとって、屈辱的な敗戦だった。

 部室のドアが開き、真莉亜が入ってくる。
「裕司、落ち込んでるの?」
 腰に手を当て、相変わらずの高圧的な仕草で見下ろすように視線を投げ掛けている。
「うるせえな。落ち込んでなんか、いねえ!」
 裕司は、顔も上げずに言った。
「そう。でも、全国大会に出れなかったら、あなたの推薦も無くなるんじゃない? 大学ラグビーで活躍するのがあなたの夢なんでしょ?」
 真莉亜は、顎を突き出し見下ろすように裕司に視線を送っている。しかし裕司は、床の一点を見詰めたまま顔を上げない。

 しばらくの沈黙の後、真莉亜は言った。
「知ってる? 代館川高校のラグビー部顧問。あのコーチ、瑞希先生の恋人だよ」
 真莉亜は、裕司の眉がピクッと動くのを見逃さなかった。
「私、見たんだ、先生のマンションで。あのコーチの写真、テーブルの上に飾ってたわ」
 そして、話を続けた。
「諦めなさいよ、瑞希先生なんて! あのコーチに勝てる? 頭が良くてラグビーも貴方より上手。瑞希先生があのコーチを捨てて、貴方を好きになると思う?」
 何を言っても答えない裕司に痺れを切らしたのか真莉亜は、ふんっと息を吐いて部室を出て行った。

 裕司は、真莉亜が後にしたドアを睨みつけた。
「気に入らねえ。人の気持ちを逆撫でしやがって……」
 裕司は、そう吐き捨てるように言うと、唾を床に吐き捨てた。



 床を見詰めたままの裕司。どのくらいの時間が過ぎただろうか。何の前触れも無く部室のドアが開く。振り返った裕司の目に、逆光の悠希の姿が映る。
「ん? 今度は生徒会長さんかい? 何の用だ?」
 裕司は、招かざる来客に冷たく言い放つ。
「俺のチ○ポが忘れられないのかい? またフェラをしたくなったのか?」
 裕司の問いに答えず佇んでいる悠希に、裕司は皮肉っぽく問いを投げ掛ける。
「そ、そんなわけ無いでしょっ!!」
 悠希は、顔を強張らせ反論する。
「じゃあ、何の用だ。用も無く、俺のところに来る様なお前じゃないだろ」
 しかし悠希は、その後の裕司の問い掛けには、また黙り込んでしまった。視線は裕司に向けたまま、何か思いつめたような、何か強い決意を示すような鋭い視線を投げ掛けたままの沈黙が続いた。

 重い沈黙の後、悠希は口を開いた。
「お願いがあるの……」
 ……
 …

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