夢魔
MIN:作
■ 第1章 淫夢8
沙希は顔を真っ赤にしながら、机を両手で叩き
「あったま来た! あんた何様よ!」
稔に対して、敵意を剥き出しにする。
すると、稔は本と箸を置き
「君は一体何なんだ…僕は、森下さんの依頼を受けて、ここで相談に乗っている。そこで君が介在する理由は、友人としてか? ならば、君は態度を改めるべきだ…君が不快と感じる以上に、依頼されて、ここに居る僕は、君の態度に更に不快な感情を持っている」
そう言って、沙希を睨み付ける。
沙希はぐうの音も出ない表情で、稔を睨み付けると、言葉を返そうと口を開き掛けた。
「止めて沙希ちゃん…私、口論がしたい訳じゃないの…柳井君に本当に聞きたいだけなの…」
美紀が縋り付くように、沙希を制止する。
沙希は美紀に言われて、口を閉じ席に座る。
美紀が沙希をなだめて、稔の方を向いた時、稔はカツ丼を食べ終え、チャーハンに手を伸ばしていた。
「謝罪を求める積もりも無いけど、食事が終わったら、時間は取れないよ…」
稔はチャーハンを食べながら、美紀に話しかけた。
美紀は慌てて、言葉を探し、稔に問い掛ける。
「じゃぁ…それが、経験しなくても触感や温度を覚えている物なの…」
美紀の言葉に稔は
「ああ…あり得るよ…」
短く答える。
「どうして…どうしてそんな事に成るの…自分の知らない事を…どうして、夢で見るの…?」
美紀の必死な顔の質問に、稔は食べるのを止め、ユックリと話し始める。
「良いかい、そもそも夢って言うのは、記憶の断片を集めた脳内の疑似体験なんだ…。それを踏まえた上で考えて」
稔はそこまで言うと、一呼吸置いて話し始める。
「記憶って言うのは、そもそも、人が認識している物なんて、極々一部の話で、フッと目に映った物や、どこかで囁かれた事、漂ってきた匂い、なんの気無しに口にした物、それら全て認識されない情報も含んでいる。それらを、[知らない事]の一括りでまとめ上げるのは、ずいぶん乱暴な話だよ」
稔の言葉に頷く美紀と、ポカンと口を開いて聞いている沙希。
「君はデジャブって聞いた事が有る? それは、夢で見た事を、既に知っていると認識する事なんだけど、これにも諸説有る。一つは夢物語のような話だけど、未来の事を夢で見ると言う説、もう一つは、既に知っている自分の記憶を、似たような体験を元に、再構築して記憶に刷り込んでいるって言う説」
稔の話が熱を帯びてくるが、沙希はそれに取り残され始める。
「じゃぁ…私の夢はそのデジャブにまで行かない、認識外の記憶が繋がって見るって言う事?」
美紀が稔に質問する。
「まあ…夢の内容にも因るけどね…大体がそう言う物だよ…」
稔はそこまで言うと、また食事を始める。
美紀はモジモジしながら、真っ赤な顔になり
「あ、あの…それで…身体とか…反応するって事…有ります…」
美紀がそう言うと、沙希が驚いた顔で美紀を見詰め、稔が食事を止めて食いついた。
「それは…有る…だけど、それは…どちらにしても、危険だよ…」
稔は何かを考えながら、質問を始める。
美紀はそれに出来るだけ忠実に答える。
「それは、自分の経験外の夢だよね…」
「はい、そうです。全く経験した事のない夢です」
「朝起きて、夢に対する反応が出てる?」
「はい、朝起きると…身体が…反応していた…みたいです」
「その夢の、内容とかを覚えてる?」
「はい、ハッキリ…でも、人とかはすごく曖昧で…でも、内容だけはハッキリ覚えています」
「その夢を見ている、間の感触や、気持ちの変化は?」
「それも、ハッキリ覚えています。リアル感も凄く残っています…」
そこまで言うと、稔は深い溜息を吐き、目を覆って考え込む。
そこで稔は、美紀に向かって意外な事を言った。
「森下さん…想像妊娠って知ってる?」
突然の話に美紀は、しどろもどろしながら
「は、はい…本当は妊娠してないのに、妊娠したのと同じ状態に成る奴ですよね…」
美紀の答えに、稔は大きく頷き
「そう、その通り…これはそれと同じような感じなんだ…つまり、妊娠を経験した事のない人が、妊娠を思い込むだけで、妊娠と同じ状態に身体を作り替える」
稔がそう言った時、沙希が大声で
「え〜っ。な、なんでー…そ、そんなの…」
驚いて立ち上がる。
話を中断された稔は、辟易した表情で、食事を再開した。
美紀は凄い表情で、沙希を睨み付け、沙希は平謝りで美紀に頭を下げる。
美紀は稔に謝りながら
「そうなったら…どうなるの?」
稔に聞くと
「もう、受け入れて病院に行くしかない…」
稔は静かな声で、ぶっきらぼうに答えを返す。
稔の言葉に美紀は愕然とするが、沙希は震えだしテーブルに頭を押しつけ
「ご免なさい! 謝ります! だから、…お願い…お願いだから、対処法を教えて…教えてください!」
必死に稔に謝り、懇願する。
稔は、ラーメンのスープを飲みながら、冷たい目線で沙希を見下ろし
「食事は後、このサラダだけだが…後、ラーメンぐらいは食べられる…」
そう沙希に告げる。
沙希は素早く立ち上がると
「ラーメンね…大盛り?」
稔に聞くと、稔はコクリと頷いた。
沙希は稔の頷くのを見て、ブースを飛び出し2分で帰ってきた。
稔は沙希に差し出されたラーメンを、ユックリと食べ始める。
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