夢魔
MIN:作

■ 第4章 主人14

「それじゃルールの詳細だけど、基本は硬式テニスの共通ルールのワンセットマッチでやるけど、1ゲーム落とす毎に着ている物を脱いで貰い、勝負の光景はカメラで納める」
 稔が紙を畳みながら、沙希に説明する。
「な、何言ってるの…馬鹿じゃない。そんなの、納得出来るわけ無いでしょ!」
 沙希が驚いて、稔に抗議すると
「この勝負自体、他人に知られたくないんでしょ、裸に剥かれた姿を、お互いが持つ事で、抑止力にも成ります。それに君が1ゲームも落とさなければ、恥をさらすのは僕達だけですよ…」
 稔が沙希に答えた。
 沙希は稔の言葉に、暫く考えを巡らせる。
(それもそうね…この3人の中で、勝負に出てくるのは、多分筋肉馬鹿の垣内の筈…。垣内はスポーツ奨学生でも、球技に出てるのは、見た事がないし、聞いた事もない…私が、こいつらに1ゲーム取られる事なんて、有り得ない。フン、自分達の出した条件で赤恥を掻かせて上げるわ…)
 ニンマリと笑いながら
「良いわ…その代わり、プレーする者だけじゃなく、貴方達全員脱ぐのよ…」
 稔達に宣言した。
 稔達は頷き、沙希の言葉を承諾して、化学準備室をでる。

 稔達は校舎の横に有る、体育館の脇を抜けテニスコートに向かう。
 沙希は途中部室に立ち寄り、テニスウェアーに着替えて来た。
 沙希が照明灯を点けると、テニスコートが照らされる。
 テニスコートには、庵が入って行き、4隅に稔と狂でカメラをセットした。
 沙希はコートの中のベンチに、ラケットとボール籠を置くと、素振りをする庵を盗み見る。
(ぶっ…酷い…。ド素人も良いところだわ…なに、あの振り方…)
 完全に馬鹿にして、失笑を浮かべながら、早くも勝利を確信した。
 庵は学生服に運動靴の姿で、貸し与えられたテニスラケットを、ブンブンと振り回していた。

 庵と沙希がコートに立つと、狂が審判台に上り、稔はその下でボールボーイの役に付く。
「先にサーブさせて上げるわ…」
 沙希がそう言って、ボールを渡そうとすると
「俺はやった事が無いから、先にしてくれ…」
 庵が沙希に向かって、ぼそりと言った。
(はぁ? マジ…こいつら馬鹿じゃない…こんな勝負を、何で吹っ掛けてきたのかしら…)
 沙希は訝しみながらも、サーブの体勢を取ると、勢いよく打ち込んだ。
 バシィっと鋭い音を立て、庵のサーブコートに沙希のサーブが決まる。
 庵はそのボールを、見もせずジッと沙希を見詰めていた。
「0−15」
 審判台の狂が、大きな声でポイントをカウントすると、稔がボールを拾いに走る。
 稔がそのボールを庵に渡すと、庵はボールとラケットを見比べて
「これ、どうすれば良いんです…見た事無いモンで、良く分からないんですが…」
 稔に質問する。
 稔が庵に説明すると、庵は言われた通り、ボールを沙希に向けて送った。
 沙希がボールを受け取ると、サイドをチェンジする。

 しかし、庵はフォアサイドに立ったまま、動こうとしない。
「もう! いい加減にしてよね…ルールも知らないんじゃ、勝負に成らないわ!」
 沙希が稔に向かって、怒鳴った。
「すいませんね…少し時間を下さい…ルールを説明します」
 そう言って、庵の元に行きコートを指さしながら、ルールを説明した。
 僅か数分ルールを説明しただけで、稔はコートから出て言った。
「お待たせしました…どうぞゲームを再開して下さい」
 沙希は心底腹が立ち始め
(こいつら…テニスを…私を馬鹿にしてるわ…許せない…)
 全力を出す事にした。
 さっきより鋭く速い球が、庵のサービスコートを貫く。
 沙希は狂のコールも待たずに、サイドを変えた。
 この後、2球サーブを打っただけで、沙希は1ゲームを取った。
 稔達は約束通り、学生服を脱ぎ始めた。

 庵のサーブに成り、サーブの体勢を取ると、沙希のサーブポーズそのままに、庵が身体を動かした。
 しかし、ボールはノーバウンドで、沙希の後ろの防護ネットの上段に突き刺さる。
(こいつ…私の真似のつもり…冗談じゃないわよ…。本当にムカツク…)
 沙希は自分のサーブを真似され、腹が立って仕方がなかった。
 しかし、庵はそんな事に構いもせず、同じように勢いよく振り抜く。
 次の球はネットに当たり、庵のコートを転々と転がる。
 庵はこの後6球サーブを打ち、ワイシャツを脱いだ。
 3ゲーム目沙希がサーブを打つと、庵は反応してボールに向かい、ラケットを振り抜く。
 ボールはまたもノーバウンドで、沙希の後ろの防護柵を揺らし、コートに転がる。
 沙希は無言で、そのボールを器用にラケットで拾い上げ、サイドを変えた。
 沙希の顔は、怒りを通り越し全くの無表情で、淡々とボールを打ち出す。
 だが、次のサーブにも庵は反応し、ラケットに当てボールがネットを越えて、沙希のコートに戻って来る。
 沙希はその浮いた球に素早く間合いを詰め、フォアハンドでトップスピンを掛けて庵のコートに打ち込む。
 庵はその沙希のフォームをジッと見詰め、自分の頭の中にたたき込む。
 沙希は稔からボールを受け取ると、直ぐにエンドラインに立ち、サーブの体勢に入る。
 庵はまたも沙希の速い球に反応し、サーブを打ち返すと、沙希は今度はバックハンドでトップスピンを掛ける。
 庵はこの動きも、ジッと見詰め頭の中に叩き込んだ。

(何…こいつ…私のサーブにちゃんと反応してる…さっきまでは、ジッと見るだけだったのに…どういう事…)
 沙希は自分のサーブに反応され、驚きを隠せないで居た。
 しかしそんな事に、心を囚われたままでは、いけないと悟り、気持ちを入れ替えてサーブを打つ。
 次のサーブはコースもスピードも文句の無い威力で、ノータッチエースが決まる筈だった。
 だが、そのボールも庵に返され、沙希は驚きながらバックハンドスライスで、返って来たボールを打ち返した。
 庵はその姿も目に、焼き付ける。
 沙希は庵が自分を見詰める姿に、ゾクリと悪寒のような物が込み上げた。
(こいつ…私から技術を盗むつもりだ…身体の使い方を…盗むつもりだったんだわ…)
 沙希はこの3ゲームを通じて、庵にテニスのボールの打ち方を、盗まれた。
 そして、それを次のゲームで嫌という程教えられる。

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