夢魔
MIN:作

■ 第4章 主人15

 3ゲーム目が終わって、コートチェンジする時に、庵が稔に呟いた。
「学習しました…後は私なりに試してみます…」
 稔はその言葉に頷くと、無言でシャツを脱いだ。
 沙希は庵の言葉を、聞き
(学習した…? 自分なりに試す…? どういう事…もう、私の技術を覚えたって事…有り得ない…)
 驚きを隠せず、ワナワナと震えた。
 そして、沙希は庵の鍛え上げられた、背中を見詰め震えを強くする。
(な、何あの筋肉…あんな身体で、私の技術を使われたら…勝ち目なんか無いわ…早めに勝負を掛けるしかない)
 沙希はゴクリと唾を飲み込み、エンドラインに向かった。
 この焦りが沙希を丸裸にし、追いつめて行く原因だとは、この時の沙希には思いも寄らなかった。

 サーブの体勢を取った庵は、ユックリと身体を動かして、ファーストサーブを打った。
 サーブは緩い弧を描き、沙希のサービスコートに入る。
 驚く程緩いサーブに、沙希は別の意味で驚愕する。
(あ、あれは…私のフォームのスロー…しかも、ちゃんとスポットでボールを捉えてる…)
 沙希は緩いサーブに、回り込みアプローチショットで、ネットに間合いを詰める。
 鋭いアプローチが庵のコートに刺さるが、庵は事も無げに追いつき、ユックリとフォアハンドトップスピンを掛ける。
 ネットを越えて落ちる球に、沙希が飛びついてボレーで返すと、その格好をまた庵がジッと見詰める。
 その目に晒され、沙希はポイントを取りながらも、焦り始める。
(早く決めなくちゃ…早く…。あいつが覚えきる前に…勝負を決めなくちゃ…)
 沙希はトッププレーヤー特有の感で、庵が只の男ではないと感じていた。
 エンドラインに戻り、気持ちを落ち着けながら、次のサーブを待つ。

 庵は先程より動きの動作を速め、サーブを打ち込んだ。
 フォームの速度が増した分、サーブのスピードが上がり、沙希のサービスコートに突き刺さる。
 沙希は思わぬ速度のサーブに差し込まれ、ロブを放って体勢を立て直す。
 庵は先程より、速い動きでフォアハンドトップスピンを打ち込む。
 沙希は驚きながら、そのボールを返すと、次は更にスピードの乗った、トップスピンが返ってくる。
 沙希はその球に、フォアハンドのドロップショットで、ネット際に落としてポイントを取った。
 そして、また庵の目線を、強く感じていた。
 庵の次のサーブは、殆ど直線を描いて沙希のサービスコートに刺さり、沙希はかろうじてそれを打ち返す。
 庵が前に出てアプローチを打つと、沙希はロブで庵を下げた。
 庵も沙希の球をロブで返すと、沙希はそのボールをスマッシュしてポイントを取った。
(あ、ああ〜っ…スマッシュまで見られた…。後はサーブの種類だけだわ…)
 庵の視線に、沙希は震え上がりながら唇をかんだ。

 そして、次のサーブで沙希は絶望感を味わう。
 庵が打ち込んで来たサーブは、沙希が全力で打ち込んだサーブと同じ速度になっていた。
 沙希はそのサーブを、バック側に打ち返す。
 すると、庵はそれに対しても、ユックリとトップスピンを掛け打ち返す。
 ラリーが続くと、庵の動きが速くなり、それにつれてドンドン球の圧力が増してくる。
(いやー…何これ…こんなの…こんなの嘘よ…夢…夢なら覚めて…お願い!)
 沙希は一球ごとに早く鋭く重くなる球に、泣きそうになっていた。
 そして、甘く入ったボールに、庵がアプローチを打ち込んでネットに付いた。
 沙希はそのボールを反射的に打ち返すと、そのボールは庵の顔面を捉え跳ね返って、転がった。
 この時初めて庵が、沙希に向かい口を開く。
「ボールを身体に当てるのは…ルール上問題ないのか…」
 鼻血を流しながら、庵が沙希に質問する。
 沙希は固まったまま、何も言えないで居ると
「マナー的には問題だけど、ルール的には問題ないよ」
 稔が答える。
 稔達はズボンを脱いでベンチに置き、次のゲームの準備を始める。
 沙希はコートの上で、カタカタと震えている。
 自分がしてしまった事に、限りない恐怖を覚えて。

 第5ゲームが始まると、沙希は自分が、とんでもない化け物と、勝負していた事に気付く。
 沙希の渾身のサーブはことごとく打ち返され、ネットにおびき出されては、ボディーショットを食らう。
 沙希は悔しそうに唇を噛むと、項垂れた。
「さあ…約束です。何から脱ぎますか?」
 稔が沙希に声を掛けると、沙希はキッと稔を睨み付け、スコートに手を掛け腰から外す。
 沙希は脱いだスコートをベンチに放り投げると、コートに戻っていった。
 庵にボールが渡り、第6ゲームが始まった。

 第6ゲームが始まると、庵は柔軟体操を始め、体中の筋肉を伸ばした。
(あ〜あ…沙希もこれでおしまいですね…庵が本気で力を解放するつもりになったみたいだし…)
 稔が庵の動作を見て、庵が本気になった事を確認した。
 庵がサーブの体勢を取り、ボールをトスすると、庵の右手が凄まじいスピードで動き、ボールを打った。
 そのサーブは一直線で沙希の顔面を襲い、沙希は避ける動作も出来ず、ボールに吹き飛ばされた。
(な、何が起こったの…い、痛い…何…何これ…)
 沙希の可愛らしい顔の下半分を、血が汚している。
 ヌルリとした感触が鼻の下から顎先に有り、当てた手を見て自分が鼻血を出した事に気付く。
「15−0」
 審判台の狂が、ポイントをコールすると、庵が質問する。
「今のは私のポイントに成るんですか?」
 庵の質問に、稔が頷いて
「そうだよ、ノーバウンドでサーブに触れたら、サーバーのポイントに成る。まあ、普通は避けるから、フォルトになるだけなんだけどね…」
 揶揄するように、沙希を見ながら言った。
 沙希は顔を真っ赤に染め、屈辱に歯噛みする。

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