夢魔
MIN:作

■ 第7章 隷属(弥生・梓・沙希)3

 梓が稔から逃げるように身体を離し、背中を向けて踞る。
 稔は黙って、そんな梓の背中を見詰め
(本当にどうしようもないですね…梓には、もう少しきつく教える必要がありますね…、僕の事を…)
 稔は目を閉じて、軽く首を左右に振り、溜息を吐く。
 梓は背中を向けているため、稔の仕草を見て居らず、自分の取った態度がいかに致命的であったか、知る事もなく稔のきつい指導を受けるので有った。

 稔はユックリ立ち上がると、梓に手を伸ばし髪の毛を鷲掴みにする。
「梓…貴女は何も解っていないんですね…。今自分が、私に対して何をしたのか…理解できて居ますか?」
 稔は髪の毛を引き上げ、顔を覗き込みながら梓に質問する。
 梓は突然の苦痛と、稔の態度の豹変に驚き震える。
(え、え、え〜…わ、私…何をしたの…。ご主人様がこんなに怒るような事を…いつしたの…)
 必死に頭を巡らせながら、唇を恐怖で震わせる。
 稔の無表情の顔は、ある意味鏡のような物で、その顔を見詰める者の精神状態により、怒りや微笑みに変化する。
 今梓が見詰めている、稔の表情は[冷たい怒りに震えている]ように見えていた。
 そして、稔の口がユックリ開き、梓に質問を投げ掛ける。
「梓は、私に何と言いました? 髪の毛を洗わせない理由です…」
 稔の質問に、梓はビクリと震え
(ま、まさか…私が誤魔化した事が…お解りに成った…の? この確信の口調は、間違い無いわ…)
 自分が何故、怒られるかその言葉で、理解した。

「は、はい…ご主人様のお手を、煩わせる訳にはいかない…です…」
 梓は観念し、小さく呟く。
「それは、本当の理由では有りませんね…」
 稔は梓を更に問いつめる。
 梓は目線を反らし、コクリと頷く。
 稔は目線を反らせた、梓の顔を髪の毛を引き絞り、真正面に向けると
「まだ、立場が解りませんか? 梓は、私に全てを投げ出したのですよ、怒られている最中に、目線を反らす事が許される立場ですか?」
 少し声を大きくしながら、梓に質問する。
「い、いいえ…申し訳御座いません…お許し下さい、ご主人様…」
 梓は小さな子供のように、身体を縮め上目遣いに稔の顔を見て、呟くように詫びる。
 詫びた梓の頬が、パチンと大きな音を立てる。
「それが、梓の気にする、大人の奴隷が取る態度ですか? そんな謝罪が、貴女の覚悟ですか?」
 稔は梓の頬を張り、抑揚のない声で問い掛ける。

 梓は稔の質問に、驚きを隠せない顔で
(バレてる…みんな、見透かされてる…年齢を気にした事も、恥ずかしさの余り身体を離した事も…全部知られてる…)
 更に身体を小さくする。
 稔は髪の毛を放し、梓の前に仁王立ちになると
「それが、全てを捧げる奴隷の態度ですか? 僕はそう聞いて居るんですよ…」
 梓の背中に問い掛ける。
 梓は自分の取った行動に、自分で落胆し激しく落ち込み始める。
(又だわ…又やってしまった…何度も何度も同じ過ち…どうしようもない…馬鹿な女…)
 ガックリと項垂れ、肩を落とす。
「それだけでは、有りません…梓は私に決してしてはならない事を、したのですよ…」
 肩を落とし落ち込む梓に、更に追い打ちを掛ける。
(え! 私…いつの間にそんな事を…)
 梓は稔の声に驚き、顔を上げて正面から見詰める。
 梓の持ち上げた顔には、大粒の涙が溢れ、唇はワナワナと震えていた。
 その顔は幼子が、父親に怒られ、泣く事を必死に我慢しているような顔だった。

「梓は、私が髪の毛を洗う事を拒んだ理由を、自分の体面を守るために、取り繕いましたね…」
 稔は、ジッと梓を見詰め
「そう…僕に嘘を吐いて、誤魔化そうとした…」
 言葉を付け加えた。
 稔の言葉は、梓の心を深く抉る。
(そ、そんな…私、そんなつもりじゃ…、でも、ご主人様の言葉に…間違いはない…大げさとかそんなモノじゃなく…私は、軽い気持ちで…嘘を吐いてしまった…。ご主人様に…)
 梓はここに来て、事の重大さを初めて理解する。
 稔の豹変も有って然るべき行動だと納得し、同時に激しい罪悪感がその身を満たしていった。
 梓は両手で、自分の身体を抱きしめ、ブルブルと震え始める。
「それに、奴隷の梓がどんな理由が有るにしろ、僕の言う事を拒む権利が、有るんですか?」
 震える梓に、稔がたたみかける。
「これだけの事をしていて、梓が見せた謝罪は、上目遣いに蚊の鳴くような声のモノだけでした…。僕は、それに対してどうすると思いますか?」
 言葉を句切り、ジッと見詰め
「笑ってその謝罪を受け取り、梓を許す…本当にそんな事が、出来ると思いますか?」
 更に梓に問い掛ける。

 梓は大きく目を見開き、稔を見詰め、身体の震えは激しさを増し、歯がカチカチと鳴っている。
 稔は無言で、梓の視線を正面から受け止める。
(早く…早く…謝らなくては…でも…どうすれば…許して貰える…。無理よ…ご主人様に…嘘まで吐いて…どうして、許して貰えるの…? でも…謝らなくては…。どうやって…)
 梓の頭の中は、もう無限ループのように自分の犯した罪に対する、謝罪方法を探す事で手一杯になっていた。
 数秒固まったままの、梓が出した答えは
「ご主人様…私を殺して下さい…いえ…死ねと命じて下さい…。私が犯した大罪は…このちっぽけな命を捨てる以外…償う事が出来ません…」
 自分の命を投げ出す覚悟を、深々と平伏し、稔に告げた。
 稔は梓の前に膝を付くと、顔を上げさせ、無言で浴槽を指さした。
 梓は顎を引いて、唾を飲み込むと四つん這いで、浴槽に這って行く。
 稔は梓の後ろを、黙って付いて行く。
(許されないなら…もう、ここに居ても同じ…虚ろな日々が続くだけ…死んでいるのと、何の変わりもないわ…)
 梓は浴槽の真ん中に這い進むと、正座をして正面に立つ稔を見詰める。
(最後にご主人様のご指示を、命をかけて実行出来るんですもの…それで満足…)
 梓はおもむろに浴槽の中に、顔を突っ込んで平伏する。

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