夢魔
MIN:作

■ 第9章 虫(バグ)1

 森川家を後にした稔は、急ぎ学校に向かっていた。
 途中、庵と弥生に連絡を入れると、今日の夜弥生の家に集まるよう伝えると、庵に連絡を入れる。
「もしもし、どうでしたか? …はい…はい…解りました、私も学校に向かっている所です。ええ、落ち合いましょう」
 庵との通話を終えた稔は、狂に連絡を入れるか、迷って止める事にする。
(純に変わっていたら、僕の電話の時点で、逃げ出す恐れがありますね…)
 稔はポケットに携帯電話を入れると、足早に学校へと向かった。

 学校に着いた稔は、真っ直ぐに3階の旧生徒会室に向かう。
 旧生徒会室の扉の前に立つと、周りを確認して、扉を開けて中に滑り込む。
 稔が中に入って、真っ先に目に飛び込んだのは、パソコンの前に座り、稔を見詰めて固まった、純の姿だった。
「何をして居るんですか…純…。まさかまた、何かの操作でもしようと言うのですか?」
 稔の静かな威圧する声を聞きながら、純はパソコンのキーボードに手を掛けようとする。
「動くな、純! それ以上、1oでも動いたら、僕は本気で君に攻撃を加えるよ」
 純はビクリと震え、手の動きを止めた。
 稔は純から目を離さずに、パソコンに近づく。
 パソコンのモニターに映った映像を見て
「これをどうするつもりだったんです? まさか、消す気だった…」
 そこに映っていた映像は、狂が調べ上げた、西川絵美の個人情報だった。
 純は目線を落として、怖ず怖ずと手を引っ込める。

「まったく…馬鹿な事を考える。こんな事をしても、後に成れば皆同じに成ると、さっきも言った筈です」
 稔はマウスを操作して、絵美の情報に一通り目を通す。
(この子は…かなり苦労人のようですね…。ですが、この学校に入学してしまったのが、運の尽きです…)
 絵美の家族構成、家庭環境、金銭状態が、細部まで書かれたデーターを見て、稔は自分に言い聞かせた。
 稔は絵美の情報を閉じると、実験体のモニター画面に切り替える。
「純…これについて、説明して下さい」
 稔は美香の部屋に取り付けた、送信機から送られる、データーを指し示す。
 美香の部屋には、今は誰も居ない筈なのに、心拍数や脳波のグラフが、動いている。
 純は稔に詰め寄られ、更に小さく成ると
「ご、ごめん…」
 稔に小さな声で、謝った。
 そこに、扉を開けて庵が現れる。
 純は、更に小さく成って小動物のように震え始めた。

 庵は訝しんだ表情を浮かべると
「どうしたんです…、何かありましたか?」
 稔達に近づき、質問をする。
 稔が概略を説明すると、庵の顔がドンドン険しくなり
「コソコソと、何やってんだ、あんたは…! これが、どう言う事か解ってる? あんたが、狂さんの主人格じゃなけりゃ、今頃ぶっ飛ばしてるよ!」
 凄まじい威圧を込めて、純に怒りをぶつけた。
 純は泣きそうな顔になり、ブルブルと震え始める。
「また、そうやって逃げるんですか…自分でやった事の責任も取らず、交わした約束を反故にして、自分が困ったらコソコソと意識の奥に逃げ込む…。最低の存在ですよ、貴男は…」
 稔は冷たい表情で、純に向かって吐き捨てるように、呟いた。
 純は稔の言葉に、ビクリと反応すると、顔を稔に向け
「でも、絵美ちゃんは大変な状態なんだよ! お母さんは倒れて入院中だし、妹達はまだ小さいし…お金だって、絵美ちゃん一人で返してるんだ…。そんな子を、奴隷にするなんて…酷すぎるよ!」
 純が珍しく稔に食って掛かると
「そうですね。じゃぁ、それが全て解決するような方法を取れば、良いんですね?」
 稔は純に冷静に切り返す。

 稔の言葉に、純はグッと言葉を詰まらせ
「う、うん…でも、そんな事出来ないでしょ…」
 稔に向かって、拗ねたような顔をして呟いた。
「それは、これからシナリオを考えます。条件が満たされたら、純は文句を言わず、妨害もしないで下さいね」
 稔が念を押すように、純に言い聞かせる。
 純は押し切られたような形で、不満ながらも頷いた。
 すると、そこに庵が口を挟む。
「稔さん…その件なんですが、絵美の自宅に装置を仕掛けるのは、無理ですね…」
 庵が頭を掻きながら、稔に報告を始めた。
「どう言う事ですか? 庵らしくもないですね…。忍び込めないんですか?」
 稔が庵に向き直り、問い掛けると
「それも有りますが、基本的に言うと忍び込む理由がないんです」
 庵が稔に答える。
 稔が、庵の言葉の意味を、理解できないで居ると
「まず、第1に装置を繋げる物が無い、絵美の家は、旧式のテレビが一台有るだけなんです。第2に嗜好を調べるべき、パソコンが無い。第3に絵美には、自分の部屋が無い、この3つの理由で、忍び込む意味が無いんです」
 庵の言葉に、稔は絵美の家族構成と、自宅環境を思い出し始めた。

 確かに庵の言うとおり、装置を取り付けた時点で、その存在がばれてしまうし、下手をすれば家族どころか、隣の住人まで影響を与えてしまう。
「困りましたね…。こう言った、状態を打ち破る案を出すのは、狂が一番なんですが…暫く出て来られそうにも無いし…少し、先送りにしますか…」
 稔が結論を出すと、純の顔が途端に明るくなる。
 しかし、次の瞬間稔が発した言葉に、また元通り項垂れてしまう。
「じゃあ、当面の問題は、この美香のモニターですね…どう言う仕掛けで、こんな風になったんですか? 元に戻してください」
 純は稔が言っても、一向に行動を起こそうとしなかった。
「困りましたね、そんな態度を取られるなら、母親は既に私達のサイドにいます。強引に掠って調教しても構わないんですよ…」
 稔の言葉に、純ばかりか庵も驚き、稔の顔を覗き込む。
 純は稔の表情からは、何も情報を得られなかったが、口調と声質から稔が、本気であると理解した。
「だ、駄目だよ…そんなの…犯罪だよ」
 純は慌てて稔に、抗議すると
「純…何度も言うけど、僕達のしている事は既に犯罪なんです…。僕達は、既に罪人なんですよ…」
 稔は静かに純に告げる。
 純は唇をかみしめ、項垂れながら、それでも稔の言う事を聞こうとはしなかった。

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