夢魔
MIN:作

■ 第9章 虫(バグ)2

 稔は小さく溜息を吐くと
「解りました、不本意ですが仕方有りません。梓に呼び出させて、今日からでも調教を始めましょう…」
 携帯を取りだして、ダイヤルを操作する。
 純はそれを見て、慌てて稔に飛びかかり
「だ、駄目だよ! 美香さん、折角彼氏が出来たのに…」
 思わず純が叫んで、稔の手から携帯電話を奪う。
 稔は純の言葉に、固まりながら
「じ、純…今何と言いました…? 美香に彼氏が出来た…。そう言いましたか?」
 純に問い質した。
 純は自分の口を押さえ、しまったという顔で稔を見詰める。
 稔の行動は、その後素早かった。
 右手がいきなり純の襟首に伸びると、純の胸ぐらを掴み、引き寄せて
「どう言う事です…、事と次第によっては、純の首を握りつぶしますよ」
 低い地の底から響くような声で、稔が詰問する。
 純は稔の変化に、精神の奥に逃げ込もうとするが、パニックを起こし上手くいかない。
「逃げるなら逃げてください…。狂に変わった瞬間、催眠術を掛けて、強制的に引きずり出して上げますから…」
 稔の声は、純を追いつめるには、充分な迫力を持っていた。

 純は観念して、自分の目撃した事を、稔達に告白する。
「1ヶ月程前…僕は隣町の楽器店で、頼んでいた楽譜を取りに行ったんだ…。そしたら、そこで偶然美香さんを見つけて…」
 純が話す内容の要約は、その時男に声を掛けられた美香は、その男と仲良く話して分かれたようだったが、3日後に同じ店で再び目撃した時には、既に恋人のような関係に成っていた。
「僕は、学校に戻って、直ぐに美香さんのプログラムを操作して、以前のデーターがループするように、打ち変えたんだ…」
 稔は純の答えに、大きく溜息を吐くと
「純…それがどう言う事か、解りますか…? 貴男のした事が、どう言う結果を招いていたか、理解していますか?」
 純に畳みかけるように質問をする。
 純は全く意味が解らずに、首を傾げると
「何? どう言う意味?」
 逆に稔に問い返す。
 すると庵が口を挟み
「薬の効き目が薄いと、医者はより強い薬を処方するよな…。だけど、その患者が嘘を吐いていたらどう成る? 本当は、薬が効いているのに、効いていない振りをするんだ…。より強い薬を与えられても、また全く、効いていない振りをする。医者は、ドンドン強い薬を用意して、最終的に、劇薬に近い薬を処方されたら…患者は死ぬんだぜ…」
 稔達の行動を、比喩を使って純に説明した。

 純の顔が見る見る恐怖に歪む。
「じゃぁ…僕のした事って…。美香さんを…酷くしただけ…?」
 純は稔に震えながら、問い掛けた。
「そう、その通りです…今の美香は、非常に危険な状態かも知れません…。相手は、誰ですか? 純の口ぶりでは、相手の事も知っているでしょ」
 稔の質問に純は頷くと、男の素性を白状する。
「去年のソロコンでピアノの銀賞に上がった人で、確か坂木健二って言う名前だったと思う…推薦で、隣の市にある音大に入った筈…」
 純は自分が最優秀賞を取った、コンテストの名前を上げ、相手の進学先まで覚えていた。
 稔は純の答えに頷くと
「純、貴男はもう良いです…狂に変わって下さい。狂に負担が掛からないように、貴男は自分の行動を死ぬほど反省して、精神の片隅でもどこでも、逃げて行きなさい」
 痛烈な言葉を、純に叩き付け狂と入れ替えさせた。
 純は項垂れると、ブルブルと震え、ユックリ頭を持ち上げる。

 持ち上がった表情は、副人格の狂に変わっていた。
 しかし、狂自体の表情も、暗く沈んでいる。
「おい…稔よ〜っ…。あの言い方は無いんじゃねぇか…? あいつ、暫く立ち直れねぇぜ…」
 右手の小指で、耳の穴をほじりながら、稔に視線を向けずに抗議した。
「謝罪なら後でなんとでもします、今は狂の力がどうしても必要なんです。お願いですから、美香の相手を調べてください」
 稔は狂に頭を下げて、頼み込んだ。
 狂は途端に機嫌が良くなり
「へへへっ、お前に頭を下げられるなんて、本当に久しぶりだ…無茶苦茶気分が良いぜ」
 指を鳴らして、キーボードに向かう。
「頭ぐらいなら、いくらでも下げます、早く調べてください。事と場合に寄っては、居場所もお願いします」
 稔は頼み込むような言葉を、殆ど命令口調で狂に伝えた。
 稔の言葉を聞きながら、狂がキーボードを叩き始める。
 ピアニストの純の手指は狂によって、マシンガンのような速さで的確にキーを貫いて行く。
 ディスプレイ上に次々に坂木健二の個人情報が、浮かび上がり始めた。
 狂はそれを次々と切り替え、分類し、振り分ける。

 5分程で坂木健二の自宅住所や家族構成、携帯番号等が、全て明らかになった。
 狂はポケットから財布を出すと、真っ黒なカードを取り出し、パソコンの横のカードリーダーに差し込む。
 画面に浮かんだ、パスワードの入力ウインドウに、12桁の文字列を打ち込み、更に8桁の文字を打ち込んだ。
 画面に浮かび上がった、何かのシステムを操作して、狂は様々な情報を引きずり出す。
 30分が経った頃には、坂木健二の素性は丸裸になっていた。
 狂はそのデーターを整理しながら、険しい表情になり、大きく溜息を吐く。
「どうしました? 狂…ひょっとして…」
 稔が狂に質問しかけると
「ひょっとした…。こいつ、小悪党も良いとこだ…高校時代に1度、大学に入って2度訴えられてる。3回とも女で…」
 狂がうんざりした声で、答えた。
 美香は知らぬ間に危険な状態で、毒蛇の手に落ちていた。

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