夢魔
MIN:作

■ 第9章 虫(バグ)11

 美紀は梓から興味を無くしたように、視線を外すと
「ママ、先にお風呂に浸かってよ…温度を調節して…」
 手桶を取りに、移動した。
 梓は指示に従い、四つん這いになると、ノロノロと湯船に向かう。
 手桶を拾った美紀が、梓の大きなお尻を後ろから、コツコツと足で蹴飛ばし、湯船に追い立てる。
 梓は指示されたとおり、湯船に近付くと片手を、お湯に浸けた。
(あ! 熱い…何この温度…どうして…)
 梓が驚き手を引っ込めると
「あら? どうしたのかしら…ママ? ちゃんと混ぜてよ…」
 美紀が手桶を持って梓を見下ろす、その目には、何処か鬼気迫る色が浮かんでいる。
「はい、申し訳御座いません…只今、調整をさせて頂きます」
 梓が水の蛇口を捻るために、手を伸ばすと美紀はピシャリとその手を叩き
「駄目よ…ママが掻き混ぜて、温度を調節するの…」
 冷たい声で、梓に言い放つ。
 梓は美紀の表情を見て、50度を近い温度に、成った理由を察した。
(美紀様…こんな事まで…)
 梓は観念して、片手を突っ込み、お湯を混ぜ始める。

 見る見る梓の腕が、真っ赤に成り、梓の表情は苦痛に歪んだ。
 そんな梓に、美紀は更に追い打ちを掛ける。
 手桶でお湯を掬うと、梓の頭の上から、無造作にお湯を掛け、身体に付いた泡を落とし始めた。
(ぐぅ〜っ…あ、熱い…)
 梓は必死に堪えながら、ひたすら湯船のお湯を掻き回す。
 水道の蛇口は美紀によって止められており、梓は温度の変わらない湯船の熱湯を、ただひたすら掻き回すのだった。
 美紀はそんな梓に、更に過酷な命令を与える。
「そんなんじゃ、ラチが明かないわ…中に入って両手で掻き回してよ…ママ」
 嫉妬に狂った美紀は、実の母親を、責め殺しそうな勢いだった。
 梓は項垂れると、身体を持ち上げ命令通り、熱湯が満たされた湯船に身体を沈める。
(ぐぁ〜〜〜〜っ…熱い、熱い、熱い…)
 身体を肩まで、湯船に沈めた梓に、美紀は片足を上げ、顔面に押しつけると体重を掛けた。
 そして、そのまま壁面に付いているガス釜の、追い炊きボタンを、焦点の合って居ない目で、薄笑いを浮かべながら押す。
 タダでさえ熱いお湯が、更に熱を加えられ、高温に変わってゆく。
 それでも、梓には黙って耐えるほか、道はなかった。

 顔を美紀に踏まれ、歯を食いしばる梓の全身は、真っ赤に変わり、茹で蛸のようになった。
「ぎぃ〜〜〜っ…ぐっ、がはっ…ぐぅ〜〜っ…がっ、がっ…」
 美紀の足の下から、押さえきれなく成った、梓のかみ殺した悲鳴が上がる。
 梓の美しい顔は、真っ赤に染まり、のぼせきった鼻からは、二筋の鮮血が流れ出していた。
 美紀はうつろな目で、乾いた高笑いを浮かべながら、母親の顔に体重を掛ける。
 しかし、美紀の目は母親に向いておらず、ただ宙をさまよっていた。
 トイレを借りるために、一階に下りていた沙希が、余りの声に驚いて、浴室の扉を開く。
 目に飛び込んできた光景を見詰め、沙希は美紀に飛びかかった。
「美紀! あんた、何してるの! おばさまを殺す気!」
 沙希は美紀を後ろから羽交い締めにして、洗い場に放り投げると、梓に目を向ける。
 浴槽の梓は、白目を剥いて泡を吹きながら、失神していた。
 沙希は急いで梓に手を伸ばし、自分の手に触れた浴槽の湯温に、蒼白になった。
(何この温度…手も入れられない)
 沙希は余りの高温のため、一瞬躊躇ったが、浴槽の中には肩まで浸かった、梓が居る。
 意を決して、両手を突っ込み、梓を抱きしめると、一挙に抱え上げた。

 洗い場に梓を横にすると、急いでシャワーを手に取り、冷水を梓の身体に掛ける。
「ぎゃーーーーっ!」
 梓は冷水を浴びせられ、その温度差で極度の痛みを感じ、魂切るような悲鳴を上げた。
 沙希はその悲鳴を聞いて、ビクリと震えたが、梓の身体を冷やすのが、肝心とばかりに
「おばさま、我慢して…冷やさないと、酷い事に成っちゃう…」
 梓に縋り付き、必死で水を掛ける。
 美紀はその光景を、洗い場の隅に横座りして、放心状態でブツブツと何かを呟きながら、見ていた。
 沙希が怒りを湛えて、美紀を睨みながら、その声に耳を傾けると
「ママが悪いの…罰なのよ…ご主人様を、美紀から取ろうとするから…ママが悪いの…」
 同じ言葉を延々と繰り返している。
 美紀は記憶を封じ感情を操作していた催眠から解放され、自由に成ったばかりの心に、次々と衝撃を受けて不安定に成り、ただ一つの縋り付く存在である、主人を奪われると言う恐怖に負けてしまった。
 その相手が自分の愛する母親で有るが故に、美紀の精神は追い込まれ、ユックリと崩壊を始める。

 その頃、学校を出た稔と庵は全速力で、通りを走って行く。
 駅までの距離はおよそ2q、2人の足なら6分も有れば着く距離だった。
 稔達は駅を抜け、真っ直ぐ目指すカラオケボックスに向かう。
 カラオケボックスに着いた2人を、若い男性店員が出迎え、怪訝な表情を浮かべると
「今日は貸し切りなんで、他を当たって下さい」
 2人を追い返そうとする。
 稔と庵の2人は、息を整え顔を見合わせると
「奥でやってる事を、警察に通報しても構わないんですか?」
 店員に静かに問い掛けた。
 店員はギクリとした表情を浮かべると
「チーフ! お客さんですよ!」
 奥に向かって、大声で叫ぶ。
 すると、奥からガラの悪い男が現れ
「お客さん…少し奥でお話でもどうですか?」
 ドスの効いた声で呟き、稔の手を掴んで、引っ張った。

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