夢魔
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■ 第9章 虫(バグ)13

 健二はこの得体の知れない2人に、自分がどんな目に合うか、不安で仕方なかった。
 今まで自分が目にした事の有る、どんな凶悪な人間が振るう暴力にも、当て嵌らない寒気すら感じる力の為だった。
 感情を剥き出しにする訳でもなく、威圧する訳でもない、ただ的確に人体を破壊する、そんな映画のワンシーンのような暴力が、いつ自分に向けられるか、そんな不安で健二の中はいっぱいになった。
(どうなるんだ…、どうするんだ…、どうしよう…、どう…どう…)
 腰を抜かした健二の目の前に、ガッシリとした庵の身体が、ユックリとしゃがみ込んで来る。
 健二の視界に、しゃがみ込む速度と同じ速度で、庵の顔がユックリと降りて来て、真正面から健二の目を射抜く。
 庵は、無言でジッと健二の瞳を覗き込み、何もしない、ただ居るだけだった。
 しかし、それだけで健二は、自分の周りの空気が突然重さを変えて、のし掛かって来るように感じる。
 言いしれぬプレッシャーに晒され、健二の思考は停止し、頭の中が真っ白になった。

 稔は伸也達が出て行くと同時に、美香に歩み寄り、その状態を確認する。
 身体の異状を調べ、脈を計り、テーブルに載っていた、未使用のおしぼりを手にすると、丁寧に美香の身体の汚れを拭き取る。
 稔に抱きかかえられ、身体を拭かれていた美香が、気絶から眼を覚ます。
 美香の目がユックリと開き、稔を見詰める。
 稔は優しく顔を拭きながら
「大丈夫です…僕は何もしませんから、今はユックリ眠りなさい」
 低い響く声で、静かに告げた。
 美香はコクリと頷くと
「はい…わかりました」
 小さな声で返事を返し、瞼を閉じると眠りについた。
 稔は、美香の身体の汚れを拭い去ると、ソッと抱き上げソファーに横たえる。
 美香を横たえた稔は、踵を返して健二に向かって歩き始めた。
 途中テーブルの上に置いてあった、ピンクの錠剤を手にして、入り口を向くと
「狂…、美香に服を着せて上げて下さい…」
 部屋の外で、待機していた狂に依頼する。

 狂は舌打ちしながら、部屋の中に入ってくると
「成るべく、顔は出したく無かったんだけどな…。そんな事も言ってられねえか…よお! 色男」
 狂は入ってくると、健二に向かって手を挙げ、ふざけた挨拶をした。
 健二は狂を見るなり、目を丸くして
「く、く、工藤…何、この人達の知り合い…」
 狂に向かって、問い掛ける。
「はははっ、ツレだけど…多分俺が何を言っても、止まらないぜ…。そいつら」
 狂がニヤニヤ笑いながら、健二に答えた。
 健二は自分の知る工藤と、目の前にいる狂が同一人物に思えず
「お、お前…ホントに…工藤…?」
 素っ頓狂な質問を、投げ掛ける。
 しかし、狂はもう健二の方には見向きもせず、美香の洋服を手に取ると、イソイソと着せ始めた。
 その代わり、健二の質問には稔が答える。
「彼は工藤は工藤でも、貴男の知る人間では有りませんよ…。それに、彼が言った通り知り合いで有っても、これから起こる事を止める事は出来ません…」
 稔は庵の後ろに立ち、ジッと健二を見下ろして、静かに告げた。
「僕達の計画に手を出してしまった事を、後悔しなさい…、庵」
 稔が一呼吸置いて宣言し、庵の名前を呼ぶと、庵はスッと手を伸ばし健二の指を握る。

 パキンと乾いた音が、聞こえた後、健二の悲鳴が上がる。
「もう一つ…」
 稔が小さく囁くと、再度庵の手の中でパキンと音がした。
 健二の悲鳴が、一段高くなる。
「もう一つ…」
 稔が全く同じ声、同じトーン、同じ言葉を囁いたとき、健二の口から
「や、やめてくれー」
 許しを請う声が飛び出し、庵の手の中の乾いた音で、悲鳴に変わった。
「止めてくれ〜…止めてくれよ〜…俺は、ピアニストなんだよ〜…。指は…指は勘弁してくれよ〜…」
 健二が泣きながら、稔達に許しを請うたが
「それがどうしました…? 貴男は、貴男の都合で一人の少女を輪姦させたんですよ…それ位の責任は取って貰わなくては、ねぇ庵」
 稔が健二にそう言い、庵に同意を求めると、庵は返事の変わりに、もう一度乾いた音をさせる。
 健二がまた大きな悲鳴を上げ、泣き顔を苦痛に歪めさせた。
 稔が手に持った錠剤を、健二に見せて
「これは、なんの薬ですか?」
 同じ静かな声で、質問する。
 健二が首を振って、イヤイヤをすると、稔が庵の名前を囁いた。
 庵の手は健二の右手から、左手に移ろうとする。
 健二は恐怖に顔を引きつらせ、左手を引き右手で、庵の腕を押さえようとした。
 その時、初めて健二は、自分の手を襲う檄痛の原因を知った。
 健二の指は、小指から人差し指まで全て、中指骨から折れて、有らぬ角度を向いていた。

 自分の右手の状態を見た健二の顔は、一瞬で蒼白に成り、脂汗が滲み始める。
 次いで、込み上げてくる、嘔吐感にえづき頬を膨らませ、胃の内容物を戻した。
 目の前に居たはずの、庵と稔は変化を見た瞬間に、結果を理解し既に充分な距離を取っている。
 ゲホゲホと咳き込む健二の横に、いつの間にか移動した庵は、健二の襟首を掴んで引き倒し、うつ伏せにすると、その背中に座って健二の左手を掴んだ。
 庵はそのまま掴んだ左手を、背中に捻り上げると手指を掴み、また乾いた音を立てる。
 健二の悲鳴は、もう声になっていなかった。
「質問には速やかに答えて下さい、左手の指が終わると、今度は逆に曲げます。そうした場合、単純骨折と比べ機能の回復は、極端に低下します。理解していただけましたか?」
 稔が説明を聞かせ、理解を計ると、健二は狂ったように頭を縦に振る。
 稔は健二の答えを見て
「これは、なんの薬ですか?」
 さっきと全く同じ質問を、繰り返した。
「げ、幻覚剤入りの…催淫剤です…」
 健二は稔の質問が終わると、直ぐに掠れる声で答える。

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