夢魔
MIN:作

■ 第9章 虫(バグ)16

 狂が弥生の部屋に入り、弥生の部屋のモデムを見ると、鞄の中からボックスを取り出し、モデムごと交換した。
 ラインを繋いで電源を入れると、狂は指の筋を伸ばしながら、OSが立ち上がるのを待った。
 弥生が後ろから不思議そうに、覗き込むと
「こ〜らっ…人のパスワードは覗くモンじゃねぇ」
 狂が弥生に注意する。
 弥生にとっては、初めて話す主人に怒られたと思ったが、狂にしてみれば充分すぎる程、優しい物言いだった。
「あ、申し訳ありません…ご主人様お許しを…」
 弥生が後ろに下がって、平伏する姿を見て
「怒ってねぇよ、俺はこう言う喋り方だから…気にするなよ…」
 少し落ち込みながら、弥生に言った。
 稔や庵がこの狂の姿を見れば、間違いなく驚く程の素直さを見せていた。
 狂は沙希のような、気の強いタイプには、徹底的な攻撃意欲を見せるが、弥生のような、尽くすタイプには極端に弱かった。
「有り難う御座います、ご主人様」
 弥生が華のような笑顔を向けて感謝すると、ポリポリと鼻の頭を掻いてモニターを見詰める。
(どうにも調子が狂うんだよな…弥生のようなタイプは…。まぁ、稔達の前では、近づかないようにしよう…)
 狂は照れ隠しに、モニターに集中していた。

 しかし、それもパソコンが起動すると、いつもの狂に変わり、マシンガンのようにキーボードを叩き始める。
 弥生はその狂の指の動きを見詰め、心の底から驚いた。
(わー…凄い…、傍目には無茶苦茶に叩いてるみたいだけど、画面が次々に変わるって言う事は、操作してるのよね…)
 弥生は目まぐるしく変わる画面を見詰め、ただただ感心していたが、その顔が怪訝に成り、驚愕に変わる。
(こ、これって…厚生労働省のデーターベース…こっちは、警察の鑑識…うわ、前の会社の新薬のベースまで…これって、ハッキング…?)
 弥生が口を押さえて、固まっていると
「こっから先は、俺の専門外だ…弥生、どれ出せば解るんだ?」
 狂が弥生に質問する。
 弥生は、声を掛けられ慌てて身を乗り出し、データーベースを指さして、成分の名前を狂に教える。
 弥生の柔らかな乳房が、狂の腕に押しつけられると、狂は照れて身体をずらす。
 弥生が指定し、狂が探すとその薬が次々と絞られて行く。
 調べ始めてから、10分が経った頃、厚生労働省のデーターベースに、その錠剤データーが有った。
 弥生はそれを見て、データーを読み取ると、大きく溜息を吐いて
「良かった…これなら、カウンタードラッグを作る必要もないわ…。服用から3時間も有れば、効果は消える」
 狂に抱きついて安堵し、喜ぶ。
「お、ちょ、まて、離れろ…離れろって。俺はアクセス切るまで、仕事が続くんだって…」
 狂は狼狽えながら、弥生を押し離す。
 弥生は狂の反応に、身体を離すと
「ご主人様…私の事お嫌いですか…」
 上目遣いに狂を見て、か細い声で問い掛けた。
「そ、そんな事ねぇ!」
 狂はぶっきらぼうに答えると、データーベースにアクセスした痕跡を消し、次々にウインドーを閉じていく。
 弥生は狂の横で、シュンと力なく項垂れ、狂の作業が終わるのを待った。
 すると、そんな弥生に
「待たなくて良いからよ、先に報告して来いよ…」
 狂が稔に報告に行けと、命じる。
 弥生は挨拶をして、項垂れながら部屋を出て行った。

 リビングに戻った弥生は、稔の前で、梓に向かって号泣する美紀を見て驚いた。
(えっ、え〜っ…つい20分前までは、何の反応もしなかったのに…どうなったの…)
 稔の手際以外の何物でも無いが、弥生はその事実に呆然とし、この特殊な能力を持つ男達の集まりに驚く。
(後、垣内様だけ見た事無いけど…この方も凄いんだろうな…)
 そんな事を考えながら、弥生はソファーに腰掛けた庵を見詰めた。
 稔が戻ってきた弥生に気付き、声を掛けると、弥生は慌てて庵から稔に向き直り、結果を報告する。
「そうですか、良かった…。今日は、僕はこのまま美紀を見ます。美香は真さんにお願いしますから、弥生は狂に付いて下さい…」
 稔は弥生にそう言うと、弥生が悲しい顔をして項垂れた。
 稔が訝しんで弥生に問い質すと、弥生は自室での狂の態度を報告する。
 それを後ろで聞いていた庵が、腹を抱えて笑い始めた。
「狂さんのそんな態度、見てみてーっ…。弥生、それ逆…狂さんは、お前を相当気に入ってる…」
 庵がそう言うと、稔が続ける。
「そうですね…狂は、人に寄っては極端にシャイに成りますから、庵の言う事は先ず間違い無いでしょう」
 稔が保証すると、弥生の顔がほころんだ。
「誰がシャイだって…。勝手な事ばっかり言いやがってよ…」
 仏頂面で、狂がリビングに戻って来た。

 戻って来た狂に弥生が走り寄り、足元に平伏すると
「ご主人様、今日のお相手を仰せつかりました。よろしくお願いします」
 明るく涼やかな声で、弥生が挨拶をする。
 途端に狂が狼狽え
「て、てめぇ…稔、な、何勝手に決めてんだよ…」
 稔に食って掛かる。
「何を言ってるんです? 梓と沙希は、今日は休養が必要だし、美紀の精神バランスはまだ充分では無い、美香の身体の解毒は、真さんに任せますから、残っているのは狂と庵と弥生だけです。もう、実験は終わったんですから、調教に移るのは当然だし、何か他に理由があるんですか? それとも、弥生に初日から、庵の加虐を与えるんですか?」
 稔が狂に向かって、理屈を並べる。
「はいはい…解りましたよ…稔様の仰るとおりです。はいはい…」
 狂はふて腐れたような顔になり、稔の意見に従った。
 庵はその一部始終を見詰め、クックッと必死に笑いを堪えている。
 その横で真が[意外な一面を見た]と言わんばかりに、感心して頷いていた。
 狂は自分が晒し者にされた気がして、[ケッ]と短く吐き捨てて一人掛けのソファーに座り、大切そうに黒い鞄を抱え込んで、そっぽを向いた。

 プログラムの中に発生した小さなバグが、そのシステムに波紋を来すように、今回の事件も一人の些細な、行動から起きた。
 その行動は、危うくこの計画の根幹をなす、5人の奴隷の内4人が、再起不能に成る程の物だった。
 しかし、バグを取り除き、修復したように見えるそのプログラムも、一旦出来た矛盾やよじれで、更に大きなバグを生み出しシステムの崩壊に繋がる事がある。
 それは、無限の連鎖の中の事象で有り、誰もコントロールする事は出来ない。
 プログラム(計画)が大きければ、大きい程、その危険は増大し、帰結は揺らいで行く。
 バグは本人達の知らぬ所でも起き、増殖する。
 問題は自分の望む帰結に至だけの、処理能力と運であった。

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