夢魔
MIN:作

■ 第10章 朧夜1

 その夜は、妙に月の明るい夜でした。
 夕方にバタバタと取り込みましたが、心配した程悪い状態には、成りませんでした。
 奴隷達の状態も安定して、それぞれの役割分担に併せて、今日のパートナーを決め終え、一安心すると、恥ずかしい事にグーとお腹が鳴ってしまいました。
 僕のお腹が鳴った瞬間、狂が慌てて弥生に食べ物を出させたのは、心外でした。
 僕はお腹が減ったくらいで、不機嫌になったりはしません。
 たまに記憶のない時はありますが、それも慌てる程の事では、無い筈です。
 弥生が僕に買い置きのサンドウィッチを出している間に、庵がキッチンに走り、真さんがカップ麺の蓋を開け始めた時には、[今日の晩ご飯は寂しくなるかも]と一瞬本気で懸念しました。
 買い置きされた、サンドウィッチを食べ始めると、弥生と庵がキッチンに行き、真さんがついて行きました。
 正直、真さんの料理は嫌だな、と思いましたが、庵が居ればそれ成りになると思い直し、弥生に出されたサンドウィッチを4袋程食べ、カップ麺を啜りました。
 心持ち、少ない量を食べて、口寂しさを無くしましたが、それ以上食べると庵の作る、本格的な晩ご飯が食べられない恐れが有ったので、そこはグッと我慢する。

 15分程で寸胴に入れた、食べ物を庵がリビングに持ってきました。
「今日は身体の弱っている者も居ますんで、食べやすい鍋にしました…囲炉裏の方に行きますから、稔さんも移動して下さい」
 庵が僕にニッコリ笑いながら、寸胴を隣の居間に持って行く。
 僕は匂いに釣られて、立ち上がりながら隣の部屋に移動しました。
 隣の部屋に移ると、狂が火を熾していたらしく、囲炉裏の中でゴウゴウと薪が燃え、その上で庵が自在鉤を調節していた。
 自在鉤を調整し終えた庵が、寸胴を火に掛けると、囲炉裏のまわりに、みんなが集まり始めました。
 僕の右には狂が座り、左側には庵、正面に真さんが座り、それぞれの後ろに、今日のパートナーが正座する。
 僕の後ろには美紀、真さんは一人で座り、狂の後ろには弥生、庵の後ろには沙希が座り、梓と美香は隣で眠っていて、沙希がそれを看ている。
 庵が僕に丼に盛った鍋の中身を差し出すと、後ろにいた美紀がそれを受け取ろうとしたが
「美紀悪いけど、僕は自分の食事は、自分でするのが、スタイルです」
 心持ち、優しい位の表情を造り、丼を庵から受け取る。
 庵はいつもの事と納得しましたが、美紀は少し寂しそうでした。
 僕が、美紀にフォローしようとすると
「美紀、稔さんの食事は見た事有るか? 有るんだったら理解しろ、普通じゃついて行けない」
 寂しそうな顔をした美紀が、大きく頷いて納得してしまった。
 全く失礼な話だが、僕にすれば自分のペースが保てるので、気にしない事にしました。

 食事を始めると、美紀は僕の顔を見て、ポカンと口を開けていました。
 確かに僕は食べる速度が人より、少し速いですがそれ程驚く事では、無いはずです。
 同意を求めようと、狂に目を向けると、狂は弥生に食事を食べさせて貰っていました。
「何だか、狂は嬉しそうですね…」
 フッと思ったことを口にすると、弥生は頬を染めて、嬉しそうに微笑み、狂は耳まで真っ赤に染まり
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ!」
 照れ隠しの怒鳴り声をあげ、弥生から小鉢をひったくり、自分で食べ始めました。
「稔くん、茶化すから…。弥生が寂しそうですよ…」
 真さんは、ニコニコと笑いながら、口に鶏肉を運び、パクリと食べる。
「別にそんなつもりは、有りませんよ。ただ、僕がそう思っただけです」
 僕は、個人的な感想として言ったのに、狂は本当に素直ではない。
「うるせぇ…黙って食え。ほら、お前もだ…」
 狂はそう言いながら、弥生の口に豚肉とエノキを運ぶ。
 弥生が嬉しそうに、それを口にし食べ始めた。
 その時僕は、気が付いた。
(そうか、僕だけが食べて居てはいけないんだ、美紀にも食事を与えないと…)
 僕が振り返り、ポカンと口を開けている美紀に、鳥肉を入れると美紀が驚き、狂と庵が固まった。

 美紀は少し熱かったのか、ハフハフと息を吐き、口に入った鳥肉を冷ます。
「ゴメンなさい、熱かったですか? 美紀は猫舌ですね」
 僕が微笑みを作って、美紀に問い掛けると
「ひへ、らいひょうふれふ…」
 全然大丈夫じゃ無さそうに答える。
 僕は手を差し出して
「熱ければお出しなさい…」
 美紀に言うと、美紀は済まなさそうに僕の手に、鳥肉を戻しました。
 その鳥肉を、僕が手に摘みフーフー息を掛け、適温にするとそのまま美紀の口に戻し
「もう熱くないでしょ、今度は何を食べますか?」
 問い掛けると、狂と庵が更に、驚きの表情を浮かべる。
「い、庵…おれ、夢見てるのか…稔が、食べ物を、人に分け与えているように見えたんだけど…」
「い、いえ…俺にも、見えましたから、幻や夢の類じゃないと思います…」
 2人は僕の顔を見詰め、失礼な事を驚きながら、言い合っていた。

「何を言ってるんですか、僕だって普通に人に食べさせますよ」
 僕が2人に反論すると
「向こうに居た時、隣に住んでたジャック…あいつが、稔のお菓子をねだった時、どう成ったっけ…」
「5歳の子供でしたけど、鬼のような顔で微動だにせず、見下ろしてましたね…ジャックは、確かひき付けを起こして、運ばれました」
「エドワードだっけ、稔のハンバーガー1個パクッたの…」
「ええ、確か3週間の入院コースですね…」
「歯の矯正してた女、リサだったよな…稔の正面から、ポテチの袋に手を伸ばしたの」
「ええ、前歯が上下4本無くなって、嬌声の必要が無くなりましたね…」
「もう良いです…それは、過去の話です…。狂は、普通に僕の食べ物を、食べてるじゃないですか…」
 僕は昔の些細な出来事を、止めるために狂を引き合いに出す。
「ばーか…あれは、俺だから出来るんだよ…。現に、庵はおっかなくて出来ないって言ってるぜ」
「確かに…あんな、猛獣の口に、素手で直接餌を与えるような事、俺には出来ません…」
 狂と庵が言うと、美紀と弥生がクスクスと笑い合う。
 僕達はそんな話をしながら、食事を終わらせた。

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