夢魔
MIN:作

■ 第10章 朧夜6

 俺には到底解る筈も無く、肩を竦めると
「それ程難しい事じゃ無いんで、試してみますか…」
 俺は美香の耳元に行き、稔さんの声と口調を真似て
「眼を覚ましなさい」
 短く命令してみた。
 すると驚いた事に、美香の両目がパチリと開いた。
 俺と真さんは余りの唐突さに、驚いて後ずさってしまった。
 天井を向いた美香は目だけを動かし、キョロキョロと辺りの状況を確認し始めると
「ここは…」
 小さな声で、独り言のように呟いた。
 真さんは美香を見詰めながら
「これは…少し危ないですね…稔君の専門分野です…。取り敢えず、眠らせた方が良いでしょ…余計な情報を入れて、混乱を招くよりは…庵君お願いできますか…」
 真さんが無責任に俺に振った。
(え〜っ…俺のやり方で、この細首を叩くの…。さっきみたいに、命令で眠ってくれないかな…)
 俺は真さんに恨みがましい視線を向けて、取り敢えず試してみる。

 稔さんがやったように、片手で両目を覆い
「気にする事はない…眠るんだ…」
 短く命令してみた。
 すると美香は[はい]と返事をして、本当に眠ってしまった。
 俺は、その動作を見て真さんと目を合わせ、背筋に冷たい物が走るのを感じた。
 素人の俺から見ても、この状況が普通でない事が理解できたからだ。
「と、取り敢えず…稔君には、メールで知らせておこう。今行って治療の最中だったら、美紀にまで悪影響を与えるからね…」
 真さんの提案に、俺が頷くと沙希が後ろで、涙ぐんでいた。
(何なんだよ…今度は、何…)
 俺はウンザリしながら、沙希に向き直り
「どうした…何を泣いているんだ…」
 泣きじゃくる沙希に問い掛けた。
「ふぇ〜ん…折角、庵様が作ってくれたのに…箸が…箸が持てません…」
 沙希の答えに、俺は一気に力が抜ける。

 俺は手を手刀の形にすると、軽く沙希のおでこを叩き
「泣くような事かよ…昨日の気の強さは、何処やったんだ…全く…。貸してみろ」
 沙希の持っていた、小鉢と箸を取り上げ
「何が良いんだ…」
 沙希に問い掛ける。
 沙希はキョトンとした顔で、小鉢と自分の顔を包帯だらけの手で指さすと、ニヘラと笑い鳥肉を指さした。
 俺は鳥肉を摘むと、そのまま沙希の口に運び食べさせる。
 沙希はこれ以上崩れないだろうと、思えるぐらい、頬を緩めて鳥肉を食べる。
 両手で頬を押さえて、[むふふふふっ]と不気味な笑いを浮かべ、身体をくねらせた時には、本気で叩いてやろうかと思った。
 まぁ、今日の沙希は功労者だから、これぐらいの褒美は与えても良いだろう。
 おれは、自分にそう言い聞かせながら、鍋の中の物を小鉢に取り、沙希の口へ運んでやった。
 沙希が鍋の中身を、2/3程食べると
「庵様お腹いっぱいになりました〜」
 残念そうな顔で、元気いっぱい俺に報告する。

 俺が沙希に飯を食わせている間に、真さんは梓の包帯と、中に塗っていた薬を変えていた。
 包帯を解き、ガーゼを外すと薄緑色したジェル状の薬を、ぬるま湯に浸けたタオルで、丁寧に拭い肌を綺麗にする。
 今の梓の肌の状態は、赤くむくんで所々に、水膨れはあるが火傷の状態ではなかったが、まだ痛そうだ。
「ふむ…だいぶ良い状態に成りましたね…一時はどう成るかとも、思いましたが…。庵君沙希の分を変えて上げて下さい」
 真さんが出した指示を聞いて、沙希は俺に満面の笑みで近付くと
「お願いしま〜す」
 と両手を差し出し、ねだってきた。
(お前…調子に乗るなよ…。俺は良い人じゃ無いんだからな…)
 俺は真さんに言われた手前、グッと言葉を飲み込み、沙希の包帯を変えてやる。
 沙希の包帯を取り、ガーゼを剥がして濡れタオルで患部を拭うと、沙希が熱い息を吐き始める。
「おい…、沙希何やってんだ…俺は、治療してんだぞ…」
 俺が呆れて沙希に、注意すると
「はい…解っています…。解って居るんですが…庵様に触れられて、気持ちいいのと…痛いところを擦られるのと…混ざり合って…沙希、我慢できません…」
 沙希は涙目で恍惚に成りながら、快感を訴える。

 俺は一瞬自分のツボに入りそうな、沙希の言動に堪えながら
「それなら、好きに感じてろ…イキたきゃ勝手にイケ…」
 ぶっきらぼうに答えを返す。
 すると沙希は、俺に許可を受けたと勘違いしたのか
「はい、庵様有り難う御座います〜ぅ…沙希の、痛みを感じながら、イク所を見て下さい〜」
 宣言すると、本気で悶え始めた。
 手指の間を拭うと、小刻みに速く呼吸し、下腕から二の腕にタオルを上げると、大きく吐息を吐き、乳房を拭うとブルブルと震え、俺の手が乳首を撫でた途端
「きゃふ〜ん」
 一声大きく鳴いて、全身をびくつかせた。
 勝手にしてくれ…本当にただの治療で、絶頂を向かえやがった。
 その後の薬を塗って、ガーゼを張り、包帯を巻く動作が、まるで後戯のようで俺を不機嫌にさせる。
 沙希はと言えば、満足そうにウットリしながら、薄く涙を浮かべた瞳で、俺の事を陶然と眺めている。
 俺は溜息を吐きながら
「まったくよ〜…一昨日の話だぜ、お前にこの痣付けたの…。そんな相手を、良くそんな目で見れるな…」
 沙希の頬を、軽く指でつついて言った。

 沙希の頬には、まだうっすらと、チ○ポの形の青痣が残っていた。
「だって〜…あの時は稔様に、催眠術を掛けられてたんですもの…。だから今とは関係有りません…」
 沙希は頬を膨らませて、俺に告げる。
 まぁ、そう言やそうなんだが、今一納得できない気持ちで、窓を見る。
 いつの間にか、中天に輝いていた月は、赤く血のような色に染まり、室内を照らしていた。
(嫌な月だ…どっかでロクでも無い事を、考えてる奴が居るのかな…)
 俺は昔どこかで聞いた、迷信を思い出した。

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