夢魔
MIN:作
■ 第10章 朧夜9
十六夜の欠け始めた月が、明るく夜を照らしている。
弥生宅の2階で、美紀の精神状態を安定させた稔は、深い反省に包まれていた。
(催眠は完全に安定させなければ、どんな事が起こるか解らないのに…嫌という程解っていた筈なのに…。慢心以外の何物でもないですね…今回の事件は、完全に僕のせいでした)
稔は美紀を抱きしめながら、美紀を嫉妬に狂わせ、凶暴化させてしまった事を、心底後悔していた。
だが、それだけで済まなかったのは、この時の稔の理解の外だった。
稔がシャツを脱ぎ眼鏡を取ると、美紀が頬を染めながら、稔を見上げる。
ニッコリと微笑んで、美紀を見下ろす稔の目の端に、チカチカと光るモノが入った。
稔の携帯である。
稔はすぐさま近づくと、携帯を拾い上げメールを確認する。
「美紀、今日はこれまでです…」
稔は携帯をしまうと、シャツを手に扉を開けて、出て行く。
余りの唐突さに、美紀が呆然としていると、廊下の向こうからタッ、タッと板を蹴る音が、2回聞こえ稔の姿が消えていた。
階段を2歩で飛び降りた稔は、直ぐにリビングの扉を開けて
「何が起きたんですか…?」
真に質問すると、真は急に入って来た、稔に驚きながら
「美香の様子がおかしいんです…命令に対して、従順過ぎるんです」
真が稔に、説明する。
稔が意味を理解しかねるとばかりに、首を傾げると
「起きろと言えば、起きるし…眠れと言えば、いつまでも目覚めないんです」
庵が状態の補足説明をする。
庵の説明を聞いて、稔の顔が引き締まる。
「どうかしました…。何か危険な状態ですか…」
稔の表情の変化に、庵が同じく顔を引き締めて質問した。
「危険なんてモノじゃない。レベルによるけど…まさかロボットミー状態…」
呟くような稔の声は、少し震えていた。
稔の緊張は、その場に居る沙希や、梓にも伝わっていった。
梓が珍しくオロオロとして
「ご、ご主人様…。美香は、美香はどうなるのでしょう…」
包帯だらけの身体を、フラフラと稔に縋り付かせて、質問する。
稔はその時、落ち着きを失っていたのか、梓に残酷過ぎる結末を突きつけた。
「状態にもよるけど…最悪廃人です…」
ぽつりと呟く稔の言葉に、梓が[ひー]と短く悲鳴を上げて、気絶する。
「稔君! 落ち着いて!」
真の短い叱責に、稔が我を取り戻し、自分のしてしまった事を悔やんだ。
(何をして居るんだ僕は…僕が落ち着かなくてどうする…)
稔は大きく深呼吸をすると
「真さん、済みません…梓をお願いします、出来れば、気を分けて上げて下さい。庵、狂と弥生をリビングに、そのまま上で沙希を看病して下さい」
それぞれに、指示を出す。
真と庵は、お互い頷くと2人を連れて、2階に上がって行った。
稔は立ち上がると、リビングの隅に置いてある荷物に向かい、幾つかの箱を持ち美香の横に座り込む。
すると、扉が開き狂と弥生が、リビングに入ってくる。
「狂、パソコンを貸して下さい。弥生このクスリの効能は?」
稔が背中を向けたまま、狂と弥生に話しかける。
稔のただならぬ雰囲気に、狂は文句も言わず、踵を返してパソコンを取りに行く。
取り残された弥生は、オロオロとするが
「弥生早く教えて下さい!」
稔の催促に、ビクリと震え。
「はい、催淫効果と、幻覚剤が有ります。それと、誘導剤のような効果も…」
弥生が震える声で、報告すると
「それか! そして、多分飲み方だな…クソ!」
稔がつぶやき珍しく、罵倒する声を上げる。
戻って来ていた狂が、その声を聞いて
「おい、そんなにやばいのか…?」
パソコンを差し出しながら、真剣な声で質問する。
(こいつのこんな声、聞いた事がねぇ…最悪も有るか…)
狂は初めて見る稔の態度に、事態の深刻さを理解した。
「ええ、最悪意識が帰って来ない…。廃人です…」
呟く稔が、美香の身体に取り付けた、計測機器のコードをパソコンに繋げ、バイタルデーターを映し出した。
美香の頭には、無数の端子が着いた、ヘッドキャップが取り付けられ、脳波の状態が脳の形に3Dでパソコンに現れる。
稔はその脳の形のモデルを見詰め
「美香…」
美香の耳に、声を掛けた。
パソコンのモニターに映った、脳の形のモデルが反応し、色が変わる。
再度少し大きな声で、声を掛けると同じように、モニターが動く。
稔はモニターを見詰め、暫く考え込み
「美香、起きなさい…」
モニターを見ながら、美香に声を掛けると、美香の目がぱちりと開き、脳の形のモデルが激しく動く。
稔は溜め息を一つ吐くと、弥生に向かって
「弥生…美香に眠るように言って下さい。さっき私が言ったように…」
小声で指示を出すと、弥生が不思議そうな顔で弥生に命じた。
すると、美香は小さく[はい]と返事をし、目を閉じて眠ってしまった。
途端に稔の表情が、引き締まる。
「み、稔…こいつは…大変だ…」
狂が今の状態に気が付いて、ボソリと呟く。
「ええ…とんでも無い事に成ってます…。上手くサルベージしないと…人形ですね…」
稔が狂の言葉に、頭を抱えながら、呟いた。
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