夢魔
MIN:作

■ 第10章 朧夜12

 庵の顔から、急に表情が消え
「今日はお前は功労者だった…だから、かなり譲歩はしてやった…。だが、俺は何度も言ったぞ…[いい加減にしろ]とな…」
 低く響く声で沙希に答えた。
 沙希はベッドから素早く起きあがり、平伏すると
「申し訳ございません、庵様…お許し下さい」
 今度は震えながら、庵に謝った。
「解れば良い…でも、これだけは覚えておけ。俺は人と同じベッドで眠った事は、1度も無い…まぁ、ベッドで眠った事自体無いがな…」
 庵の答えに、沙希の好奇心が食いついた。
「庵様! 打たれても、蹴られても構いません! どうか、どうかお教え下さい!」
 沙希は平伏したまま、庵に懇願する。
 庵はそんな沙希の姿に、驚きを隠せない。
(こいつ馬鹿か? 自分で何言ってるか、解ってんのか?)
 庵は沙希の行動に、心底驚いていた。
(俺は、テニスの試合では、ボディーショットの嵐を見舞い。初日の調教で、沙希のテニスラケットで処女を奪った男で、その後チ○ポ型の痣が付くように殴った男に、こいつは何故興味を持つ)
 庵は平伏する沙希に、困惑した。

 そして、そんな沙希の一大決心の質問を聞いて、庵は完全に毒気を抜かれた。
「庵様、ベッド以外のどこで寝るんですか? …布団?」
 顔を持ち上げあっけらかんと、庵に質問する沙希に
(もう良い…こいつを相手にするのは…疲れる…)
 ガックリと肩を落とし、心底呆れた庵だった。
 沙希は庵の態度の変化に、犬のように身体を振り、答えを待った。
「椅子とか床だ…いつでも動けるように、丸まって眠る…」
 庵がボソリと呟くと、沙希は目を丸くして
「それじゃ、疲れがとれませんよ〜」
 無邪気に答える、沙希に庵は苦虫を噛み潰したようの顔をする。
「それが、俺とお前の生活の差だ…人と眠れないのも…同じ理由だ」
 庵がボソリと呟くと、沙希は庵の生い立ちを思い出し
「あっ! も、申し訳ありませんでした…お許し下さい…。私、がさつでデリカシーが無いから…直ぐに…ズケズケと…」
 沙希が泣きながら、庵に詫びた。

「泣くな! そこまで同情される言われもない…。泣かなくて良い…早く寝ろ…」
 庵はそっぽを向いて、沙希を宥める。
 沙希は涙を拭いながら
「はい…解りました…もう寝ます…」
 庵の指示通り、ベッドに入り身体を伸ばして、シーツを引き寄せた。
「庵様…お休みなさい…」
 沙希が呟くように、身体を丸め眠りに入る。
 庵がそれを見詰め、自分の足を引きつけて、眠りにつこうとすると
「庵様…沙希を嫌わないで下さい…」
 沙希が小さく呟く。
「ああ…」
 庵が短く答えると、沙希がゴソゴソとベッドで動く。
 暫く沈黙が流れると
「庵様…ここにいて下さいね…」
 また、沙希が小さく呟く。
「ああ…」
 庵はまた同じように、短く答える。
 そして、また暫くの沈黙後
「庵様…」
 また沙希が小さく呟いた。
「今度は何だ…」
 庵が小声で問い返すと、帰ってきたのは、安らかな寝息だった。
(ちっ…世話の焼ける女だ…)
 庵はニヤリと野太い笑みを浮かべ、片足を引き寄せて、椅子の上で眠りについた。

 一方リビングでは、稔と狂のコンビによる、美香の治療が佳境を迎えていた。
 治療の様子を見ていた、弥生は既に一人、敷きっぱなしの布団の上で、眠りについている。
 治療を施されている美香は、稔の声にも反応するようになり、急速に自我を取り戻しつつあった。
(行ける…この調子なら…美香の自我は、サルベージ出来る)
 稔ははっきりと、この治療の手応えを感じていた。
(へへへっやっぱり、こいつは化け物だ…ハーバードの教授に出来なかった事を、こんな設備のこんな機械で、やってのけるんだ…)
 狂も美香とモニターの反応を見て、高揚している。
 2人の天才のセッションで、一人の少女の人格が、今取り戻されようとしている。
「さあ、貴女は誰ですか? 思い出して下さい…」
 稔の質問に、美香は
「はい、私は森下美香です…あれ? …ここどこですか…あなた方は…」
 キョトンとした顔で答えた。
 稔と狂はその答えを聞いて、ハイタッチをした。

 しかし、その後の美香の言葉に、肩をガックリ落とす。
「ご主人様ですね…美香は何でも従います、どうぞご指示を…」
 美香はニッコリと笑って、稔達に平伏する。
 中天に有った十六夜の月は、東からの陽光に駆逐され、その存在をぼやかせていた。
 いつの間にか、白々と夜が明けていた。
 稔と狂の長い1日だった。

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