夢魔
MIN:作

■ 第14章 専属(梓)1

 リビングで泣き崩れていた沙希は、人の気配が近付くのに気付き、急いで涙を拭った。
 バタバタと真がリビングの扉を開けて、中に入ってくると、弥生を抱えたままそのまま慌ただしく、反対の扉から出て行く。
 沙希は余りの真の慌て振りに、呆気に取られて後ろ姿を見送る。
 その直ぐ後に、稔が美香を抱え上げて、リビングに入ってくると
「あっ、目覚めてましたか…沙希すいませんが、お水を汲んできてくれませんか」
 沙希に、水を汲んでくるように依頼した。
「は、はい…解りました…」
 いつも元気いっぱいの沙希には似つかわしくない、小さな声で返事を返すと、立ち上がろうとして、よろめく。
 沙希の膝が抜け、ガクリと倒れ込み、床に身体を打ち付けそうになる所を、すんでの所で、庵の手が伸び助け起こす。
「大丈夫か…お前はまだ休んでいろ…電気で疲労した身体は、筋肉に力が入らなくなっている。気を付けるんだ」
 庵はそう言うと、沙希をユックリ床に降ろして、スッと立ち上がりキッチンに向かった。
 沙希の表情はかなり困惑して、今にも泣き出しそうに歪み始める。
(どうして…どうしてなんですか…何で、優しくしたり、無視したりするんですか…。沙希には、庵様が解らない…どうして)
 沙希は項垂れて俯き、悲しい表情を誰にも見せないようにした。

 しかし、そんな沙希の仕草を稔が気付かない訳がない。
 稔は無表情に変わり、沙希をジッと見詰める。
(沙希は、庵と何かありましたね…ふむ、これは突いて見るか、それとも、近づけてみるか、思案のしどころですね…)
 稔は暫く考えると、庵が水を汲んで戻って来た時には、答えを出していた。
(庵も憎からず思っていると、狂が言っていましたから…ここは、任せてみましょう)
 庵からコップを受け取り、稔は一口水を口に含んで、おもむろに美香に口移しで飲ませる。
 その行動に当人の美香も、回りで見ていた庵も沙希も、驚きの表情に変わった。
 キョトンとした表情の3人を余所に
「どうしたんです? 疲れて、とても一人で水を飲めそうもないから、口移しにしたんですが、嫌でしたか?」
 稔は美香に優しく微笑みながら言うと、美香は頬を真っ赤に染めながら、首を左右にブンブンと振る。
 稔は美香にクスリと笑いかけると、庵の方を向いて無言で
(こういう風にご褒美を上げるんですよ)
 そんな言葉を込めた目線を、送った。
 庵は稔の声なき言葉に、苦虫を噛み潰したような顔になり、視線をそらす。
(解っている…だけど、俺にはそんな事出来る訳がない…俺にとって女は、性の捌け口だって、稔さんも解っている筈…)
 庵は稔の視線に耐えられなくなり、その場を立ち去ろうと、立ち上がる。

 そんな庵に稔が、追い打ちを掛けた。
「庵。沙希のお風呂は貴方が入れて上げて下さい。僕は美香と梓を入れなければ、いけませんから。お願いしますね」
 稔の言葉に、庵と沙希が弾かれたように、稔を見詰め抗議の声を上げようとする。
 稔はその言葉を遮るように
「梓は庵には先ず無理ですし、美香は庵の力だと、華奢すぎて壊しかねません…必然、庵の相手は沙希と言う事になります…。それとも僕に、3人もお風呂に入れろと言うんですか?」
 理路整然と説明した。
 2人は稔の言葉にグウの音も出ないでいる。
 庵が諦めて、沙希の方を見ると
「良いか…」
 小声で低く問い掛けた。
 沙希は、庵の顔を見る事が出来ず、目線を反らせながらコクリと頷く。
 稔は満足そうに頷くと、美香を床に下ろして立ち上がり
「僕は梓を見てきます」
 と言って、リビングを出て行った。
 庵は無表情で、立ち上がると
「風呂の準備をしてくる…」
 稔の後を追うように、リビングを後にする。

 ポツンと美香と沙希が、リビングに取り残された。
 沙希は項垂れ、いまだショックを隠せないで居る。
 美香がそんな沙希にソッと寄り添い
「沙希ちゃん大丈夫? 何だか凄く具合悪そうよ…」
 沙希を心配して声を掛けた。
 沙希は首を左右に振り、小さな声で[大丈夫です]と美香に返事を返す。
 沙希の答える声も仕草も力無い物で、美香が納得できる物とは、かけ離れている。
 美香は自分の気怠い身体を持ち上げて、沙希の両肩に手を掛けると
「大丈夫じゃないでしょ…。どうしてそんなことを言うの…、私達同じ仲間じゃない…ご主人様に言えない事でも、私達なら相談に乗れるでしょ…。お願い、沙希ちゃんのそんな顔見たくないの…私に教えて…力になりたいの…」
 美香の思わぬ真摯な瞳と力強い声に、沙希は涙ぐみ美香に抱きついた。
「美香さ〜ん! 私…もう解らないんです…庵様の事…」
 沙希はそう言いながら、美香に縋り付き事の詳細を話し始める。

 美香は沙希の話を聞き終え、沙希の意識が変わっている事に気付いた。
(あれ? 沙希ちゃんって、稔様の物に成りたいって言ってたわよね…。でも、この話の様子だと…完全に庵様を意識してるわ…。沙希ちゃん自体、それに自分で気付いていないのね…)
 美香は目の前で落ち込む沙希に、自分の気付いた事を、ニッコリ笑って話し始める。
「沙希ちゃん…少なくとも、貴女が落ち込んでいる理由は、解ったわ…」
 美香がそこまで言うと、沙希は美香に縋り付き、美香の言葉を待つ。
 しかし、丁度その時扉を開けて、リビングに当事者の庵が帰ってきた。
 2人は慌てて口をつぐみ、同じように項垂れ、庵の帰りを迎える。
 庵はリビングで座り込みながら項垂れる、美香と沙希に視線を向け、2人の態度が変わっている事に訝しみながら、ソファーに腰を下ろす。
 3人の間に、奇妙な沈黙があり、リビングは静まりかえった。
(何だ? 今度は美香まで…一体何だって言うんだこいつら、俺に文句でもあるのか)
 庵が無言に成っている、2人に苛立ち始め、口を開き掛けると、またもそれを制するようなタイミングで、稔がリビングに戻って来る。

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