夢魔
MIN:作

■ 第14章 専属(梓)4

 庵は沙希に聞かれた事が、直ぐに理解できなかった。
「ほったらかし? 俺が? お前を? リビングで? …いつ?」
 庵は沙希の言葉を反芻しながら、頭を捻り始める。
「今日、リビングで失神している私を抱え起こして、床に寝かせてから…庵様、私の身体を拭いて、髪の毛を直した後、知らん振りしたじゃないですか! 道具を丁寧に直すだけで、沙希の事触りもしなかったじゃないですか!」
 沙希は一挙に捲し立て、庵に詰め寄った。
 沙希の言葉に、庵は考えを巡らせ、直ぐにそれに気付く。
「あ〜、あれな…、あれは稔さんの調教が終わった後で、お前の身体が疲れてると思ったから、成るべく見ないようにしたんだ………。って、お前あの時、目が覚めてたのか? いつから?」
 庵が沙希の必死さに押されて、素直に答えた後、沙希の狸寝入りに気付き、逆に問いつめる。
 沙希は、問いつめられた事を、完全に無視し
「えっ? 見ないようにしてたって事は、庵様はあの時、沙希を無視したんじゃなくて…我慢したの?」
 縋り付くような目で、庵を見詰めた。
 庵は沙希の縋り付くような目に、狸寝入りを追求できず
「あ、ああ…お前の身体を見てると、俺もムズムズするからな…」
 ボソボソと、沙希の質問に答える。

 途端に沙希の瞳がキラキラと輝くと
「じゃぁ、じゃぁ沙希の身体って、庵様にとって、魅力がない訳じゃ無いんですね?」
 擦り寄りながら聞いてきた。
 庵はポリポリと鼻の頭を掻きながら
「ああ…、そんな事は、全くない…。どちらかというと、俺好みだ…」
 沙希から視線を外して、小声で告白する。
 沙希は庵の告白を聞いて、正座したまま両手を硬く握って、口元に持って行き、瞳をウルウルと滲ませた。
 庵がそんな沙希を見詰めると、沙希は両手を拡げ
「きゃーーーーーーーーーっ」
 奇声を上げながら庵の首にしがみつき
「庵様、庵様、庵様〜〜〜っ」
 庵の名前を呼びながら、分厚い胸板に顔を擦りつけ、泪を流す。
 庵は何が何だか訳が解らず、首を傾げながら頭を掻いた。

 抱きついて喜んでいる沙希に、庵は口を開いた。
「おい、沙希…。俺がお前の事をどう思っているかなんて、お前には関係ないだろ…。大体、お前は稔さんの特別な奴隷に、成りたかったんじゃなかったのか?」
 庵の質問に、沙希はハッとした顔で、庵を見詰め
「庵様の意地悪…今ここで、そんな事言う必要って…無いじゃないですか…」
 沙希は頬を膨らませて、庵に抗議する。
「おい、必要ないって言うなら、俺に対して心を求めるのも、必要はないだろ…。俺はただの加虐者だ! 俺の仕事は、お前達に痛みを与える事。それ以上でも、それ以下でもない…」
 庵はぶっきらぼうに言い放つと、首に巻き付けた沙希の腕を、ふりほどいた。
 沙希は庵の言葉に黙り込み、項垂れる。

 庵は手桶を持つと、湯船からお湯を汲み、自分の身体の泡を落として、落ちていたスポンジを取り上げてボディーソープを含ませた後、沙希の身体を洗い始めた。
 沙希は項垂れながらも、庵の為すがままに身を預け、髪の毛まで洗い終える。
 庵はその間、一言も喋ることなく、沙希の身体を洗った。
「適当に浸かったら、先に上がれ」
 庵は沙希の泡を丁寧に落とし、顎をしゃくって命じると、自分の頭を洗い始める。
 沙希は黙って指示に従い、庵と目を合わせる事無く、お風呂場を後にした。
 お風呂場の扉を閉め、脱衣所に立った沙希は、込み上げてくる涙を、堪えられずに嗚咽を漏らす。
(庵様の馬鹿…。庵様の意地悪…。沙希ってそんなに…疎ましいですか…。沙希はそんなに邪魔ですか…)
 庵の頑なな態度で、沙希は自分に対する庵の気持ちを量り、落胆する。
 身体の水気を切り、涙を拭いて沙希は庵が出る前に、足早に脱衣場を後にした。

 塞いだ気持ちのまま、沙希はリビングに戻ると、稔がいち早く沙希の心情を理解して、声を掛ける。
「どうしました? 沙希、いつもの元気がありませんね?」
 稔の言葉に、沙希はさっき抑え込んだ感情が目覚め、ドッと涙を溢れさせた。
「稔様…稔様〜…」
 沙希はリビングの床に、崩れ落ちると途端に泣き始める。
 稔は沙希に寄り添うと、優しく背中を撫でながら
「どうしました? お風呂場で庵に怒られましたか?」
 静かに問い質した。
 沙希は首を左右に振りながら、嗚咽を漏らし、お風呂場での事を話し始める。
「…沙希が問いつめて…、庵様の首にしがみついたら…庵様は…」
 沙希が庵に抱きついた事を話すと、稔は思わず大きな声で
「沙希! 沙希! …ど、何処を殴られました…? 庵は、見境が無くなると、直ぐに手が出ます。彼の生い立ちを考えて、許してやって下さい…」
 沙希の身体をあちこち調べながら、頭を下げ
「でも、貴女も迂闊ですよ! 庵に抱きつくなんて…まあ、彼がそれをかわせなかったのも、何が有ったか知りませんが…。とんでもない偶然の産物の賜です…ですから、今後は絶対にない筈です。で、何処です、殴られたのは? 医者に行ってレントゲンを撮った方が良いかもしれません…」
 稔が沙希に謝罪するが、沙希には何の事だか全く理解できない。

 沙希は首を傾げて
「稔様? …沙希は、怪我なんかしていませんし、庵様に叩かれても居ません…? どうして、私が庵様に叩かれるんですか?」
 涙を拭いながら、沙希は稔に問い掛ける。
 沙希の問いかけを聞いて、稔は表情が消え落ちた。
「い、今沙希は庵に抱きついたって言いましたよね? それで、庵が沙希に何もしていないんですか?」
 稔の質問に、沙希は緊張しながら頷く。
 頷いた沙希を見詰め、稔は事態を整理し沙希に問い掛ける。
「いや…待って下さい…沙希は庵の身体に、抱きついたって…それは、密着したんですか?」
 稔の態度や表情から何となく自分がした事が、大変な事だと感じながらも、怖ず怖ずと頷く。
 沙希が頷くのを見て、稔は大きな溜息を吐き
「無事で良かった…」
 心の底から、ホッとした声で沙希に伝えた。

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