夢魔
MIN:作

■ 第15章 奴隷5

 稔の自己紹介に引きつった金田は、震える指で稔を指さし、その手が失礼と理解したのか、慌ててもう一方の手で掴んで引き戻す。
 金田はパクパクと口を、開け閉めするとギャルソンを手招きし、水を頼んだ。
 大和田がグラスに注いだ水を金田に手渡すと、直ぐにそれを飲み干して
「や、柳井君は…あの、柳井君か? い、いや…ハーバード大の研究員のあの、柳井君か?」
 完全に裏返った聞き取りづらい高い声で、稔に問い掛ける。
「ええ、そう言う事もしていましたが、今は日本で高校生をしています。日本の常識を学ぶためにね」
 ニッコリと笑いながら、金田に答えた。
 金田は稔の微笑みに引き込まれまいと、視線を外して梓を見て
「森川君、酷いな〜…俺、い、いや、私が柳井君の大ファンだと知っていただろうに…どうして教えて呉れなかったんです」
 笑いながら梓を責めた。
「すみません医院長、私もついこの間なんですよ…娘の同級生に、柳井君が居られるのを知ったのわ」
 唇に手を当て、シナを作りながらコロコロと微笑む梓に、金田は生唾を飲み込む。
 金田は、今度は梓から視線を外し、娘と教えられた美香を見詰める。
(この子が、高校生…なんて色っぽいんだ…、清楚な見た目の薄皮一枚下に、溢れんばかりの色気を詰め込んでるようじゃないか…)
 金田はワナワナと震える唇を、何度も舐めて渇きを癒し、左側の沙希を盗み見る。
(この子もだ…健康的にスラリと伸びた手足に、なんて迫力のオッパイだ…尻の張りも、男を狂わせるのに充分すぎる…)
 金田は流れ的に庵を見詰めて、心から後悔した。
 庵の目線が、金田の目線を貫いた瞬間、背筋にゾクリと電流が走る。
 その瞬間、金田の思考は停止し、庵の性質を見抜いた。
 ギリギリと強引に首を回し、庵から目線を外すと、脂汗を浮かべ大きな溜息を吐く。
(なんだ、あの迫力、あの威圧感は…。彼は…危険だ…彼と目を合わせ続けると…俺は、絶対に後悔する…)
 金田はブルブルと震え、項垂れる。

 稔の視線はそんな金田を、ジッと見詰め観察していた。
 稔はスッと席を立つと
「すみません、少し中座しますね」
 一言言って、テーブルを離れていった。
 稔はそのまま、トイレに向かう途中、庵にメールを送る。
<庵、どう見ました?>
 簡潔なメールに、庵は直ぐさま返信する。
<間違い無いです>
 庵も稔に簡単な文で、答えを返した。
 稔はトイレに着くと個室に入り、梓にダイヤルする。
「もしもし、そのまま相槌を打ちなさい」
 稔は電話に梓が出るなり、命令した。
『はい』
 梓の返事を受けると、稔は梓に指示を出す。
「この電話は、梓の親族からの電話です。病院長に、親族で不幸が有ったと伝えて、そうですね…明日から5日間病院を休むと、言いなさい…」
『はい…はい…解りました…はい…』
「僕が戻ったら、もう用は有りませんから、一旦弥生の家に帰りましょう」
『は、はい。そうですか…』
 梓の返事に稔は電話を切ると、個室から出て行く。

 稔が席に戻った時は、梓が金田に深刻な顔を向けている時だった。
「ほう、それは大変だね、しかし、ただの親類だろ? 5日は多く無いかね?」
 金田は梓の休暇の申し出に難色を示す。
 そこに稔が席に戻り
「どうかしたんですか?」
 問い掛けると
「いえ、おばさんの親戚が亡く成ったと言う連絡が入って、お休みの話を医院長さんとしている所です」
 庵が、心なしか口元に笑みが浮かんだ表情で、低い声で稔に伝える。
「ふーん。確か日本のお葬式は、親類なら初七日と言うのまで、出席されるんですよね?」
 稔の質問に、梓が頷いて
「ええ、そうなのよ。一昨日亡く成られて、葬祭場の関係で明日葬儀らしいの、初七日が5日後だからお休みの話をしていたのよ…」
 稔に困った顔を向けて答えた。
(明日から5日も休暇を取られたら、その間会えなくなる。梓に何が起きたか、聞きたいし、柳井君とコンタクトを取って、招く事も出来なくなる…。クソ! しかし、ここで休暇を出し渋ったら、柳井君に酷い人間だと思われかねない…)
 金田は苦渋の選択の後、梓に顔を向けて
「解りましたよ、事務長には私から伝えておこう。5日間で良いんだね?」
 ゆとり有る責任者の振りをして、梓に答えた。

 梓が深々と頭を下げて、金田に感謝の言葉を返すと、稔はギャルソンを呼び
「済みません大和田さん。今日はこれで失礼します」
 大和田に答えると、大和田も話の内容を理解していて、直ぐにチェックに入った。
「では、僕らはこれで、失礼します。楽しい時間を有り難う御座いました」
 稔が席を立ち上がり、金田の元に歩み寄って握手を求める。
 金田は興奮した顔で、稔の手を取りブンブンと振った。
 大和田が戻って来て、支払いを済ませた稔達が、そそくさとテーブルを後にする。
 ポツンと、取り残された金田は、稔達の姿が見えなくなるまで立ちつくしていた。
 稔達の姿が消えると、椅子にドサリと腰掛けて
「柳井稔…。あんな人間が…、本当にいたんだな…。彼のような人間が、側近にいてくれたら、うちの病院もあんな奴らに狙われずに済むのに…」
 項垂れながら、ポツリと呟く。
 金田は後継者問題を盾に、病院長の座を脅かされ始めていた。
 金田の病院は、元々は親から受け継いだ、小さな町医者だった。
 しかし、それを金田の経営手腕で、今の総合病院にまで押し上げ、大きくした。
 だが、大きくなったがために、その利益を狙い始める者が居る。
 それが、身内だからタチが悪かった。
 弟の嫁が、某大学系の教授の娘で、金田自体が病院を大きくするために、結婚させたのだ。
 その嫁と教授が暗躍を始め、自分の妹と柏木を結婚させ、力を付けさせる。
(俺は、あんな奴に全て奪われるのか…。惚れた女も…病院も…何もかも、あいつに奪われるのか…)
 金田は、今までの心躍る時間と対照的な、陰鬱な表情を浮かべ、フラフラと立ち上がり、チェックを済ませる。

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