夢魔
MIN:作

■ 第16章 絵美7

 土曜の夜、狂に誘われ、勢いでデートの約束をした絵美は、布団の上で頭を抱えていた。
(どうしよう…あんな事言わなきゃ良かった…。どうして、工藤君にあんな話し、しちゃったんだろ…)
 ブツブツと頬を赤く染めながら、大きめのTシャツに膝を巻き込んで、布団の上で体育座りの身体を揺する。
 Tシャツの下は、ショーツ一枚で、大きめの胸元や袖口から、瑞々しい乳房が覗く。
 絵美はそのまま、ゴロリと布団の上に横に成ると、大きな溜息を吐いた。
(あ〜ん…。どうしよう…今に成ってこんなに後悔するなんて…。それに、私も馬鹿だな〜…昨日服を破かれた時点で、気付くべきだったわ…着て行く服が無いなんて…)
 絵美が昨夜着ていたTシャツは、お気に入りで3年前に買ったが、現在最も身体にあった物だった。
 絵美は家庭の金銭状態を誰よりも把握しているため、少しでも長く着られる服を買う事が、骨身に染みついている。
 そのため、常に大きめの服を買い、3年前に買った洋服が、今は自分の身体にベストフィットしていた。
 絵美にとって、前日と同じ服を着る事は、生理で汚れたりした場合を除き、基本普通なのだ。
 常に洗濯物の数を減らし、手洗いして生地を傷めないように心がけている。

 それ以前に、絵美の自宅に洗濯機は始めから無い。
 絵美の家に有る電化製品は、冷蔵庫と14インチほどのブラウン管テレビと蛍光灯と電話だけだ。
 電子レンジやクーラーは元より、オーブントースターや扇風機も無い。
 4畳半二間のアパートの奥の部屋に、布団を敷き詰め、姉妹4人で固まって寝るのが、生活の基本になっている。
 そんな生活を送っている、絵美が一大決心をする。
(バイトを探すにしても、あんな破れた服じゃどうしようもない…。これは、面接にも絶対必要な事なのよ、だから…だから…これは、贅沢じゃない! 必要経費なの!!)
 ガバリと起きあがると、現在唯一人目についても恥ずかしくない姿。
 壁際に掛けて有った制服を掴み、お気に入りの方のブラジャーを着け、支度を調える。
 因みに、絵美のブラジャーは、サイズが余り無く高価なため、2つしかなかった。
 制服を着込んだ絵美は、時計を見詰め、慌てて妹達に朝ご飯を造り、隣の家のお婆さんに預ける。
 絵美の隣の部屋に住む老人夫婦は、事の他妹達を可愛がってくれるため、ついつい甘えてしまう。
 何度も何度も頭を下げながら、絵美はアパートを後にする。

 約束の場所、約束の時間に絵美は、制服で現れた。
 狂はその姿を見るなり、目を覆う。
(おい! デートだぞ…何で制服なんだよ…)
 溜息混じりに顔を上げ、今気付いたような仕草で、微笑みを向ける。
「西川さんこっち、こっち」
 手を振る狂に気付いた、絵美が小走りで駆け寄り
「ごめん、待った?」
 お決まりの言葉を吐く。
「ううん、僕も今来たところ」
 狂もお決まりの台詞で返すと、2人とも妙に笑いが込み上げ、クスクスと笑い合う。
 一通り笑い合うと、狂が絶妙なタイミングで、自然に絵美の洋服を指摘する。
「どうしたの? 学校に用事があったの?」
 狂の誘い水に、絵美は少し狼狽えながら
「う、うん…ちょっと、絵のイメージ沸いたから、描いてたんだ…」
 微笑みを貼り付け、誤魔化した。

 狂はスッと視線を外すと、絵美がモジモジして
「で、でね…こんな格好で来ちゃったし、昨日の服も駄目になったんで、ちょっと付き合ってくれない?」
 俯きながら、狂に尋ねる。
(は〜ん…。そう言う事か…、まあ、こいつの環境なら、そう何着も服を持ってる筈ねえ…ここは、一つお近付きになりますかね〜…)
 狂は内心ほくそ笑むと、ニッコリ笑って
「良いよ。服を買うんだね? 何処に行くの?」
 絵美の手を取り、ファッションビルに入って行く。
 急に手をもたれた絵美は、真っ赤に頬を染めながら、強引な狂に驚いた。
(昨日から思ってたけど、工藤君て結構強引なのね…。学校ではいつも大人しいから、内気な子だと思ってた)
 絵美はドキドキとする胸を押さえながら、狂の後に続く。
 絵美は狂を後ろから誘導して、いつものカジュアルショップに入る。
 いつものと言っても、ここに来るのは6ヶ月ぶりだ。
 冬場に着るジャンバーがどうしても小さくて、着られなくなったため、バーゲンで買いに来た時以来である。

 絵美は中に入ると、キラキラと目を輝かせ、何着か自分に合わせ始めた。
「これなんかどう? あ、これもいいなぁ〜」
 絵美が合わせる服は、どれも本人によく似合う色調をしている。
 流石に、美術系の特待生だけあって、微妙な配色でも、組み合わせでしっくり来る物に変えた。
(ふ〜ん…こいつって、やっぱりロゴとか柄が入った物は、選ばないんだ…。でも、単色がこんなに合うなんて、やっぱりセンスか?)
 狂が感心していると、絵美が3つの服を組み合わせ、狂の目の前に示し
「ねぇ、工藤君だったら、どれが良い?」
 ニコニコ微笑みながら、聞いてきた。
 狂がグリーン系の組み合わせを選ぶと
「やっぱり? う〜ん…工藤君と私の感性似てるね…。じゃ、これにしよ」
 クルクルと輝く、瞳でマジマジと狂を見詰め洋服を決める。
 狂は絵美の瞳に見詰められ、ドキリと胸を高鳴らせた。
(マジで、当たりかもしんねぇ…昨日稔に言っといて正解だな…。こいつを俺好みに染めてやる)
 狂は昨夜、絵美をデートに誘った後の事を思い出す。

 日曜日に絵美のアルバイトが、空く筈が無かった事を狂は知っている。
(何だ? こいつ…何かあったのか?)
 狂は内心、訝しみながら
「え? じゃ、じゃあ…明日付き合ってくれるの?」
 少し驚いた表情を造りながら、絵美に問い掛ける。
 絵美は狂の言葉に、少し考えながら
「でも…早く次のバイト探さなくちゃいけないし…」
 口の中で小声で呟く。
 狂はその小さな呟きを聞いて、絵美の周りに異変が起きた事に気が付いた。
(おかしい…こいつが自分から、アルバイトを辞める筈が無い…。絶対何か有った! さっきの男関係か…)
 狂が考えを巡らせていると、絵美の顔が途端に暗くなる。
(そ、そうよ…私こんな浮かれてる場合じゃないわ…工藤君には、悪いけど断らなきゃ…)
 絵美が顔を上げ、狂に断ろうとした時、狂の顔が絵美を覗き込んでいた。

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