夢魔
MIN:作

■ 第16章 絵美9

 カジュアルショップの更衣室に、グリーンの服を併せに行った絵美を見送り、狂は並べてあった残り二組の洋服を持ってレジに向かう。
 素早くレジに移動すると、二組の洋服の会計を済ませ、メッセージカードを頼んだ。
 サラサラとメッセージを書き終えると、店員に渡し
「内緒のプレゼントだから、彼女にはバレないようにしてね」
 更衣室を背中越しに示して、笑顔でウインクする。
 美少年のウインクにポッと頬を染める店員に、狂は[頼んだよ]と言いながら、踵を返して更衣室の前へと急ぐ。
 狂が更衣室の前に着くと、シャッとカーテンが開き、中からライトグリーンのTシャツに、薄い青みがかったシャツを羽織り、濃い目のライトブルーのプリーツスカートを履いた絵美が現れた。
 狂は絵美の姿を見て、心の中で
(やっぱり、良い女だ…。こいつを、絶対俺の奴隷にしてやる…)
 呟き、顔から順番に、視線を落とし、足下で止まる。
 足下は制服の時に履いていた、濃い茶色のローファーだった。
 狂はキョロキョロと辺りを見渡し、棚の上からグリーンのミュールを取り上げると、更衣室の前に跪いて、ソッと絵美の足の前に差し出す。
「工藤君やだ、そんなの駄目よ…私買えないもん…」
 絵美が狼狽えながら、狂の肩に手をやると、狂は顔を上げて
「これは、僕の見立て…。絶対に合うと思うから、併せるだけ併せてみて」
 ニッコリ微笑んで、絵美の革靴に触れる。

 絵美は顔を真っ赤に染めると
「もう、駄目だって! 似合ったら、私も欲しく成っちゃうもん…。だから、許して…ね、お願い…」
 縋るような目線で、狂に訴えた。
 その目を見た途端、ゾクゾクと背筋を何かが走り抜ける。
 狂は俯き、必死で顔を隠すと、息を整えスッと立ち上がった。
 狂の急な態度の変化に、絵美は驚きながら視線を向けるが、その時には狂はもう背中を向けていた。
 狂はレジにスタスタと歩いて行くと、会計を済ませて戻ってくる。
「これで、この靴は僕の物。でも、この靴を僕は履けません…誰か、この靴の似合う人に、履いて欲しいな…」
 買ったばかりのグリーンのミュールを持って、跪き下から縋り付くような目で、絵美に言った。
 狂の行動は、みんなの視線を集めてしまい、絵美は真っ赤になって
「わ、解った…履くから、止めて…」
 狂の手からミュールを取って、立ち上がるように促す。
 狂は嬉しそうに笑うと、絵美に向き直った。
「もう…強引なんだから…」
 絵美は上目遣いに狂を見ながら、困り顔を笑顔に変えた。
 スッと膝を曲げ皮靴を脱ぐとミュールを履くが、直ぐに脱いでしまう。
 狂が首を傾げると、絵美が狂を見上げ
「これ、素足で履いた方が、似合うと思わない?」
 狂に聞いて来た。

 狂は質問を確かめるために、視線を足下に持って行くと、その前の時点で止まってしまう。
 前屈みになった、絵美のTシャツの襟首から、はち切れそうな乳房の谷間が覗いていた。
 狂は自制心を総動員して、首を強引に下に向け、足元を見て
「うん、そうだね」
 やや裏返った声で、答える。
 視線を泳がせ、目の前の鏡に目をやると、膝上のプリーツスカートの後ろが、前屈みの姿勢で持ち上がり、絵美の白い太股の半分近くまで、覗かせていた。
 狂はドキリとして、いきなりカーテンを閉める。
「きゃ」
 カーテンの奥で、絵美が小さな悲鳴を上げ
「もう工藤君…いきなりどうしたの…」
 カーテン越しに問い掛けて来た。
「西川さん…鏡に映ってるの忘れてる…」
 狂が小声でカーテンの中に告げると
「あっ…有り難う…ごめんなさい…」
 小さく感謝と謝罪を返してきた。
(俺…何してんだ…いつもだったら、ニヤニヤ笑って見てたシチュエーションだぜ…)
 狂はカーテンを握りしめ、いつもと違う自分の行動に、驚いている。

 直ぐに閉じたカーテンの向こうから
「工藤君…脱いだよ…。見てくれる?」
 絵美の声が恥ずかしそうに伝えた。
 その言葉と声に、狂の胸はまた、ドキリと跳ね上がる。
(何だよ…これ…、俺どうにかしちまったのか…)
 狂は自分の胸の高鳴りが、全く理解できなかった。
 人に裏切られ続けた、狂の心はシニカルに物事を見詰め、決して他者には開かれない。
 むろん信頼という言葉は有るが、それは1つの判断基準で、理屈で全て説明の付く物だった。
 だが、今の狂に起きた変化は、狂には説明が付かない。
 稔や庵に向ける、心の動きにも似ているが、全く異質とも言える。
 そんな感じた事の無い感覚に、狂は狼狽た。
「工藤…君…。居る?」
 余りにも長い沈黙に、絵美が問い掛けると、狂は我に返り
「あ、ご、ごめん…今開けるね…」
 狂はシャッと勢いよくカーテンを開けると、気恥ずかしそうに立つ、絵美を見詰める。
 その立ち姿、表情、仕草、それら全てに、狂はそそられた。
 狂は狂おしい程沸き上がる征服欲を、強引に抑え込み、絵美の手を取って
「うん、取っても似合う…。可愛いよ」
 引きつり掛けた笑顔で、絵美を褒める。

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