夢魔
MIN:作

■ 第16章 絵美11

 食事もそこそこにファミレスを出た2人は、とぼとぼと家路に付き始める。
 お互い会話らしい会話もせず、ただ絵美の自宅への道を進む。
 狂は絵美の制服の入ったバッグを持ち、とぼとぼと進み、その後ろを絵美が付いて行く。
 昨日の夜絵美が襲われた、公園の横を通り過ぎようとした時、絵美のミュールの先に白い綺麗なボタンが落ちていた。
 絵美は何の気無しに拾い上げ、見詰めるとポケットにスッと入れる。
 狂の背中が少し遠くなったので、絵美は小走りに駆け寄り、3m程の距離になると、歩く速度を緩めた。
(これが、私と工藤君の距離…これぐらいが良い…そうすれば、誰も傷つかない…私には、これが良いの…)
 自分に言い聞かせるように、心の中で呟く絵美。
 絵美の行動を背中越しに感じて、大きく溜息を吐く狂。
 やがて、2人は昨夜別れた交差点に差し掛かる。
 目の前で立ち止まり、自分の方を見詰める狂に、絵美はユックリ近づきそっと、お礼を言う。
「今日は楽しかった…いっぱい、奢って貰ったのに、最後泣いたりしてごめんなさい…」
 深々と、頭を下げる絵美に、狂は精一杯の笑顔を向け
「ううん…僕の方こそゴメン…西川さんの事…何にも考えないで、変な事言っちゃって…」
 絵美に詫びた。
 しばらくの沈黙の後、狂は鞄を絵美に差し出す。
 絵美がそれを受け取ると、狂は踵を返して、駆け出した。
 絵美は、ハッと顔を向け、何か言いた気に手を上げ、唇を噛んで手を胸の前で握り込む。
 狂の姿が角を曲がるまで見送ると、絵美は両手で鞄を持ち、踵を返して家路に着く。

 項垂れて歩く絵美は、ジッと自分の心に言い聞かせる。
(これで良いの…これで…。誰も、傷つかない…)
 とぼとぼと歩いていた絵美が、アパートの階段に差し掛かった時、それに気が付く。
 自分の持っている鞄が、必要以上に重かったのだった。
 絵美はハッとして、急いで階段を上がり、自宅の扉を開け中に入る。
 丁寧にミュールを脱いだ後、キチッと三和土の隅に揃えて置き、部屋に入ると鞄を覗く。
 中身を確認した、絵美の瞳が大きく見開かれ、中に入っていたメッセージカードを見て、涙が溢れ出す。
(馬鹿…馬鹿…工藤君の馬鹿…。折角、折角諦めたのに…自分に、何度も、何度も言い聞かせたのに…。何でこんなコトするの…)
 鞄の中には、デートの一番最初のカジュアルショップで自分が迷った、2組の服が入っていた。
 そして、メッセージカードには[今日は有り難う、来てくれて本当に嬉しいです。迷ってた服をプレゼントします、今度は、どちらかを着て、また逢ってね]綺麗な字で書かれた言葉の後ろに、狂の携帯番号が書かれていた。
 絵美は洋服を抱きしめ、嗚咽を漏らしその声は、やがて号泣に変わる。
(どうして、あんな事したの…どうして、こんな事をするの…どうして、こんな事になったの…)
 絵美は過去を悔やみ、優しさに震え、自分を恨んだ。
 泣き崩れる絵美は、その泪を枯らし、やがて新たな涙を流す。

 フッと、我に返った絵美は、周りの生活音がない事に気付く。
(あれ? お婆ちゃん…こんな時間に何処に行ったのかしら…希美も麗美も真美の声も聞こえない…? おかしいわ…)
 自分の家族の声が、どこからも聞こえない事に、顔が青ざめ始める。
 絵美は直ぐにサンダルを履くと、隣の老夫婦の家の扉を叩く。
 ドンドンドン! いくら叩いても、誰も返事がない。
(なに? どうしたの…)
 言いようのない恐怖に駆られて、絵美はノブを回すと扉は簡単に開いた。
「お婆ちゃん!」
 中に入った絵美の目の前に、白い紙が置いて有る。
 紙に書かれた文字を見詰め、絵美の顔が蒼白になった。
[希美ちゃんが車に跳ねられました。総合病院に行きます]
 慌てて書いたのか、その文字は乱れている。
 絵美の足から、力がガクガクと抜け、三和土に座り込む。
 呆然とする絵美の耳に、自宅の電話が鳴る音が聞こえた。
 絵美は、慌てて立ち上がり、急いで自宅に戻って電話を取ると、隣の老婆だった。
『あ、絵美ちゃん! やっと捕まったわ…あのね、希美ちゃんが、轢き逃げにあったの…お婆ちゃんがちょっと目を離した隙に、希美ちゃん出て行っちゃって…。本当にごめんなさいね…、今お爺さんが家に向かったから、車で来て頂戴』
 老婆の声を遠くで聞きながら、絵美は受話器を取り落とす。
(どうして…どうして…私は、何か悪い事をしたの? どうして、私だけがこんな目に合うの…)
 絵美は魂が飛んでいってしまったように、宙の一点を見詰め動かない。
 やがて現れた老人が、絵美を見つけて車に乗せ、総合病院に連れて行った。

 病院に着いた絵美は、当直の医者に説明を受ける。
 年齢は40代後半ぐらいだろうか、酷くやつれた顔で、ボサボサな髪をし無精髭が顔を覆っていた。
 言葉を発する度に、口からアルコール臭い息が、絵美の顔を撫でる。
「外傷は、左腕の骨折と、頭の打撲…後は、軽い擦り傷だけど、打ち所が悪かったのか、まだ眼を覚まさない…。このまま、って事も充分有り得ますから、覚悟はしてて下さい」
 ぶっきらぼうに告げる、医師のしわくちゃな白衣の胸には、[柏木]とネームプレートが斜めに揺れていた。
 総合病院の当直医は、かつて梓の不倫相手で、この病院の外科部長である、柏木慶一郎だった。
 柏木は、梓とのSEXから、再び梓を慕うように成り、外科部長室でしたSEXを夢見て梓と同じ深夜勤務を希望して居た。
 その深夜勤務で急遽、休暇者が出たため志願したが、それが梓、当の本人と知り激しく落ち込んだ2日目の勤務日だった。
 柏木にとって梓は切望する女性だったが、梓本人の態度から、自分には既に意識が向いていない事を知り、自暴自棄に走り勤務中も酒を飲むように成ってしまった。

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