夢魔
MIN:作

■ 第16章 絵美13

 病院で一夜を明かした、純と絵美はそれぞれ学校に連絡を入れ、休みを告げる。
「純君…本当に休んじゃって良いの? 私に付き合う事なんて、しなくて良いのに…」
 絵美は純のシャツの裾を指で摘んでツンツン引きながら、上目遣いに見て訴えた。
「うん、大丈夫だよ。僕はこう見えても、成績優秀だから出席日数さえ有れば、問題ないんだ」
 純が屈託無く笑って絵美に話すと、絵美は恥ずかしそうに純に擦り寄る。
「有り難う…。本当は一緒に居てくれるって、聞いた時。凄く嬉しかったんだ…てへへへっ」
 純の顔を覗き込みながら笑うと、ペロリと舌を出して戯けた。
 純は絵美のその笑顔にドキリと胸を高鳴らせ、慌てて目線を反らす。
 絵美は純のそんな仕草を見て、視線を曇らせる。
(あれ? 純君…昨日と色が違う…? 外見は同じだけど…、中身が違う人みたい…)
 純の態度の差に絵美は自分の特殊な比喩を使い、疑問を抱く。
[人の顔色をうかがう]と言う言葉があるが、絵美は人の精神状態や、性格、思い、そう言った様々な内面的な部分を色で認識する事が出来た。
 勿論比喩的な表現で、実際に色が見える訳ではない。
 人の持っている無意識の行動や、慣れ親しんだ仕草、思考パターンなど、いわゆる癖という物から意識的な、言動、行動、雰囲気などありとあらゆる情報を鋭い観察眼で見て取り、色に置き換えて感知し認識するのである。
 絵美は元々類い希な色彩感覚を持っていたが、複雑な家庭環境から、大人社会で生きていくために身に付けた技術だった。
(昨日とは、ベースの色が反転してる…。昨日は赤が表で青が奥に有ったのに、今日は青が表で赤が奥? 全く別人みたい…)
 余程気を付けて見ないと解らない、純と狂の細かい仕草の差を絵美は色に置き換え敏感に感じ取っていた。
 訝しむような絵美の視線に気が付いた純は、慌てて絵美に話し掛ける。
「ど、どうしたの? 絵美ちゃん…目が恐いよ…」
 純の怯えた声に絵美が我に返ると
「あっ! ごめんね、何でもないの…」
 目線から力を抜いて、笑いを浮かべ疑念を誤魔化した。

 絵美は、純の金銭的バックアップを受け、希美の全ての検査に承諾する。
 柏木は、本来なら希美が運び込まれた時にやらなければならない、MRIやCT等の検査を全て行わなかった。
 救急車で一緒に付き添った老婆の話から、金銭的余裕の無い家族構成を感じ、敢えて検査を省いていたのである。
 医療費の払われる目途が立った柏木は、朝一から希美の検査を始めだした。
 その態度の変わりように、絵美は腹立たしさを覚えるも、柏木にとっては、当然の事である。
 交通事故は保険得点が病院側の任意に決められる為、経営側にとってはとても美味しい、[お客様]なのであった。
 唇を噛みしめ、態度の変わった柏木から説明を聞いていると、制服の警察官と地味なスーツを着た中年の男が絵美に近寄ってくる。
「あ〜…貴女、西川さん? 昨日ひき逃げに会った、女の子のお姉さんだね?」
 地味なスーツの男が、警察手帳を出しながら、絵美に問い掛けた。
「は、はい。そうです。犯人は見つかったんですか?」
 絵美は刑事を名乗る男に問い返すと
「いえ…。車は見つかったんですがね、盗難車両でして。運転してた者は見つかって無いんですよ…。目撃者も居ませんしねぇ…」
 刑事は頭を掻きながら、薄笑いを浮かべ絵美に答える。
 刑事の言葉を聞きながら、絵美はその顔をジッと見詰めていた。
(この人…嘘付いてる…。何に対しての嘘? こんな人は、まともに相手をすると、何をするか解らないタイプだわ…。そう、店長の神田と同じような薄汚い色…)
 絵美は一瞬で刑事の本質を見抜き、言葉を探しながら問い掛ける。
「そうですか…目撃者は、誰も居なかったんですね。あの時間帯の、あの道路は人通りも少ないですしね…」
「そうなんだよ。なにぶん、人通りの少ない、細い道なんでねぇ…」
 絵美の言葉に刑事は、薄笑いを歪め、同意した。
(嘘だ…。あの道路は、近所の生活道路で車の通りより、歩行者の数が断然多い! それに、あの時間帯なら近所の奥さん達が、タイムセール目当てに、絶対通っているはずだもん!)
 絵美は唇を噛んで俯き、刑事に向かって吐きかけた言葉を飲み込む。

 絵美のこの判断は、彼女特有の危機回避能力がもたらした、幸運であった。
 この刑事は榊原と言い、黒い噂が絶えない刑事だった。
 絵美が納得したのを確認すると、榊原は
「なかなか見つけにくいかもしれないけど、おじさん達も頑張るから、気を落とさないでね。捜査が進展したら、また連絡するよ」
 クルリと背中を向けて、歩き始める。
 絵美はその背中に、向けて質問を投げ掛けた。
「車の持ち主って、誰だったんですか?」
 絵美の質問に、ピクリと反応した榊原は、ユックリ振り返り
「それを知って、どうするんだ…」
 鋭い目で睨み付け、押し殺したような声で、問い返す。
「い、いえ…別に…」
 絵美は榊原の視線にたじろぎ、目を伏せ俯く。
 榊原は目線を戻すと、何も言わず立ち去っていった。
「何か、感じ悪い人だったね…」
 俯いた絵美に、純がソッと話し掛ける。
 絵美は顔を上げ、純を見詰めると涙が溢れ始めた。
「純君…、私悔しい…。あの刑事、絶対何か隠してる! 犯人の事絶対知ってるんだ!」
 震える声で、純に訴える。

 純は絵美の言葉に首をかしげながら
「どうして? 今の話の中だと、おかしな点はどこも無かったように思えるけど…」
 絵美に質問した。
 絵美は純に自分の感じた事や、事実と違う点を話すと
「どうして、そんな事するんだろ…? そんな事して、あの刑事さんにメリットが有るのかな…」
 純は腕を組み考え込んだ。
(こんな時、狂だったら直ぐに感づくんだろうけど…、僕って役立たずだな…。後で、狂に相談しよ…)
 何も考えが浮かばず、落ち込んで
「後で、知り合いに聞いてみるよ。その人は、凄くそう言う事に詳しいから、何か解るかもしれない…」
 絵美に答える。
「有り難う…。でも、あんまり無理をしないでね…。何か、良くない事が起きるような気がするし…」
 絵美は精一杯の作り笑いを浮かべ、涙を拭きながら純に答えた。
 その笑顔や仕草を見て、純は胸が締め付けられる思いがする。
(何で、こんなに良い子がこんな目に会わなくちゃいけないんだ…)
 自分の目的も忘れ、強く絵美に感情移入して憤慨した。

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