夢魔
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■ 第16章 絵美14

 そんな純の目に、廊下を奥から歩いて来る、女性の姿が目に入る。
 膝下迄有る長目の白衣を着、背中を真っ直ぐ立てて歩くその姿は、とても颯爽とし美しかった。
 コツコツと黒いヒールを履いた足を前に出すたびに、チラリと覗く白い素足が恐ろしい程、艶めかしい。
 近づくにつれ、その美貌と醸し出す妖しさが、ドンドン圧力を増す。
(あっ! 梓さん…。今日から出勤したって事は、計画が動き出したんだ…)
 白衣の女性は、梓だった。
 梓は廊下に入って直ぐに純に気が付いていたが、無関係な少女が側にいた為、声を掛ける事を止めた。
 すれ違う時、目線を合わせとろける様な微笑みを浮かべ、優雅に会釈する。
 その首には[S]の金飾りの付いた、チョーカーが嵌められていた。
 絵美も梓に気付き、その姿を呆然と見詰める。
 会釈された時、その笑顔に心を鷲掴みにされ、壊れたオモチャの様にぎこちなく首を曲げ、会釈を返した。
 梓が通り過ぎその後ろ姿が、廊下から消えると絵美は、純に向き直り
「い、今の人、知り合い? 誰? 凄い美人! あ、あんな雰囲気の人、初めて見た…。純君教えて!」
 純の胸ぐらを掴んで、ブンブン振り回しながら、矢継ぎ早に捲し立てる。
「い、痛いよ…、え、絵美ちゃん落ち着いて…、落ち着いてよ…」
 純の訴えに、絵美は我に返って手を止め、謝った。
「今のは、森川さんのお母さんだよ…。絵美ちゃんは、見た事無かったの?」
 純の答えに、絵美は梓の消えた廊下に視線を向け
「ううん…。初めて見た…、美紀ちゃんがあんな可愛いの、よく解ったわ…。スッゴイ美人だもん…」
(それに…、凄く妖しい色…。あんな、エッチな色…見た事無い…)
 絵美は無意識に、太股を摺り合わせモジモジとしていた。
 純は絵美の仕草を盗み見ながら
(絵美ちゃんて…ひょっとして、かなりエッチなのかな? それとも今のは、梓さんのフェロモンにあてられたの?)
 小首を傾げて1人考え込む。

 そんな純の元に、廊下の端から柏木が、慌ただしく駆け寄り
「き、君達今の医師を知ってたのか?」
 純達に詰め寄ってくる。
 純は柏木の余りの勢いに、気圧され頷くと
「は、はい…同級生のお母さんだって程度ですが…」
 オドオドと答えた。
 すると、柏木は
「え、美香ちゃん? それとも、美紀ちゃん? ん、確か美香ちゃんの方は、男の子の同級生は居ない筈だから、美紀ちゃんだね?」
 自分で納得しながら、純達に問い掛ける。
「はい、森川美紀さんは私のクラスメートですが、それが希美の検査と何か関係があるんですか?」
 絵美は柏木が手に持った、書類を見詰め苛立たしそうな棘のある声で、問い返す。
「あ、い、いや…別にどうと言う事は無いんだが…。彼女の最近の変化を知っているのか、聞きたかっただけなんだ…」
 柏木は絵美の言葉に、しどろもどろに答える。
「私は今日が初対面ですから、そんな事は知りません! それより、希美の容態は、どうなんですか!」
 絵美の柏木に対する怒りが爆発した。
 当然と言えば当然である。
 精密検査の結果を手にした、担当医師が開口一番、同級生の母親の変化の理由を聞いてきたのだ。
 患者の家族としては、この医師の態度に腹を立てるのは、誰も文句は言えないだろう。

 しかし、柏木はそんな絵美の態度には、鼻もかけず
「君は、良く知っているのかい?」
 純の肩に手を掛け、質問の続きをする。
 その笑顔の奥に見え隠れする狂気の色に、純は首を左右に振り
「知りません…。僕も、一度会っただけですから…」
 正直に答えた。
 柏木は純の顔を見詰め、手を離すとチッと小さく舌打ちをし、絵美に向き直る。
 その表情からは笑みが消え、どこか思い詰めたような表情になっていた
 そんな、柏木の口が重々しく開き、絵美に向かって話し掛ける。
「検査の結果、何処にも異常は見られない。脳波もバイタルも全て正常だった」
 ボソリと言った柏木の言葉に、絵美は安堵の表情を浮かべた。
 だが、続いて柏木の口から吐きだされた言葉に、絵美の顔は凍り付く。
「単純な外傷以外何処にも異常は無かった。まぁ、さっき検査の途中、目が醒めたけど、あんまり泣くんで鎮静剤で眠らせたから、昼頃には目が醒めるだろ」
 余りに横暴な、柏木の言葉に絵美の顔は真っ赤に染まる。
「あ、あんた…何考えてるの? 普通、昏睡状態から目覚めたら、家族に知らせるのが、当たり前でしょ…」
 怒りを湛えた、絵美の言葉に柏木は鼻で笑い
「そう言う事は、医師の判断に任されて居るんだ。素人の君が口出しする事じゃないだろ?」
 高い位置から質問を返す。

 そんな会話の中、純は項垂れフラフラとトイレに移動し、直ぐに戻って来た。
 絵美も柏木もそんな純の行動には、意識が向いて居ない。
 純の俯いた顔が、スッと上がるとその瞳に強い光が宿っている。
「医師…すると、総合病院の柏木医師は、交通事故で入院した小学校1年生の子供の検査を続けるため、鎮静剤を投与して無理矢理眠らせたんですね?」
 戻って来た純の口から、スラスラと質問が流れ出す。
「さっきからそう言っているじゃないか! 私は忙しいんだ、貧乏人に長々と係わっている訳にはいかないんだ!」
 純は更に言葉を続けようとする、柏木の目の前に携帯電話を取り出し示すと
「もう良いです。今の言葉で、充分告訴できます…。貴方の取った医療行為は、親族の了承もなく薬物を投与した、証拠となります。しかもその投与の理由が、医師の都合である事をハッキリと認めています」
 今柏木が言った言葉を、再生した。
 その、録音された内容に柏木の顔が途端に青くなり
「い、いや…今の言葉には、語弊が有った…。君大人をからかうモンじゃないよ…。さぁ、そんな物よこしなさい…」
 純の携帯を取り上げようとする。
 純はスッと柏木の手をかわし
「この上証拠隠滅ですか? これ以上やると、医師法以外の刑法にも引っ掛かりますよ…それでも続けます?」
 静かに告げた。

 柏木は目を白黒させ脂汗を流しながら
「な、何が望みだ…君は、一体何なんだ?」
 上擦った声で純に問い質す。
「僕が求めるのは、謝罪と今後そのふざけた態度の自粛ですよ。柏木医師…」
 余裕タップリの言葉で、柏木に告げた。
 柏木は震える声で、絵美に謝罪し廊下の奥へ足早に逃げていく。
 ICU室の前で、2人取り残された純と絵美。
 しかし、絵美の瞳は大きく見開かれ、固まっていた。
(こ、この人の色は昨日の純君…。だったら、今まで目の前にいた純君は、何処に行ったの?)
 純の秘密に近付き、その本質を知る事無く、絵美の心は激しく揺れ動き出す。
 怒りにまかせて純と入れ替わった狂の行動が、2人の関係を変えて行くのだった。

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