夢魔
MIN:作

■ 第17章 始動5

 稔は総合病院を後にし、タクシーに乗っていた。
 梓を院長室に置き去りにする時、金田に梓の取り扱いに対する注意を思い出す。
「梓には、基本的に嫌は有りません。ですから、金田さんが厳密にルールを守ってください」
 その言葉で始まった、ルール。
「梓は、まだ本来の主人は決まっていません、ですから、生涯消えないような傷を付けるのは、止めて下さい。また、家族を持っていますから、週に4回以上は家に帰して下さい、勤務時間中にどう使うかはご自由なので、その間に使っていただくのがベストです。当然その中で、梓の生活を脅かすような行動は、避けて下さい。最後に、梓にご主人様と呼ぶよう強制はしないで下さい、あくまで金田さんはゲストです、その違いは精神的なダメージとして深く残ります。以上3点を充分に自粛して頂ければ、梓は金田さんに快く仕える事が出来ます」
 当然と言えば当然のルールだった。
 稔を乗せたタクシーは、市街へ向かわず山手の住宅街へ向かう。
 理事長にお披露目した、美香・美紀・沙希を迎えに行く為だった。
 今朝早く、計画を開始する旨を告げた時、竹内が[是非サンプルを試させて欲しい]と申し込んで来た。
 稔は仕方なく、3人に学校を休ませ、竹内の家まで送り出した。
(理事長も、強引だ…。あんな人だったかな…)
 稔はネット上で知り合った、今回の主催者の事を思い出す。

 稔と竹内は、インターネットのSMチャットで知り合う。
 独特の世界観を持つ竹内と独特の理論を持つ稔は、最初真っ向から対立し、夜毎激論を繰り返す。
 しかし、その対立も稔の理論の裏付けと竹内の世界観の説明で、うち解け合い始め、最終的には意気投合した。
 そして、今回の大がかりな実験が計画され、1年の準備期間が有り、実行に移されるまでとなった。
(フッ…竹内老の言った[物を愛でるように、対象として女を愛でたい]と言った、言葉には反発したけど[感情で判断するんじゃなく、魂で判断するんだ]って言われた時は、正直自分の経験の薄さを痛感しました…)
 稔は過去にあった、幾千、幾万、幾億の言葉のやり取りの中から、感銘した言葉を拾い上げる。
(狂は日本に来る前、あれ程嫌がっていたのに、蓋を開ければ、結局僕達に着いてきた…。まったく、彼の移り気にはホトホト苦労します)
 3人の転校の手続きのドタバタを思い出し、稔の表情が穏やかになる。
(しかし、もうそれも実行段階に入ってしまえば、過去の話です。これから、忙しくなります…)
 稔は心の中で、気持ちを固めると視線を前に向けた。
 目の前には、古い日本家屋が、重厚な佇まいを見せている。
 敷地面積は、300坪を超える広大な屋敷。
 学校の理事長でこの市に根ずくコングロマリットの総帥、竹内伸一郎の自宅だった。

 稔の乗ったタクシーが、門の前に来ると重々しく扉が開き、招き入れられる。
「私は、この町で20年タクシードライバーをしていますが、この家の中に入ったのは、初めてです。いつも正門の前で止められて、そこで降ろすのが当たり前なんですが…。お客さん凄いんですね…」
 タクシードライバーが、興奮しながら稔に問い掛けた。
「極、普通の高校生ですよ…」
 稔が告げると、運転手は訝しそうに首を傾げ、車止めにタクシーを止める。
 車止めには、いつも稔を案内する、執事の佐山が深々と頭を下げ待機していた。
 稔がタクシーを降りると、佐山が
「ようこそおいで下さいました。どうぞこちらへ」
 慇懃な態度で、稔を案内する。
 リビングに通された稔は、いつものようにソファーに座り、竹内の到着を待つ。
 数分すると、廊下の奥から数人の足音が響き、3人の奴隷と佐山が現れた。
 佐山は、稔に深々と頭を下げると
「竹内はどうしても外せぬ用件が出来、30分ほど前に会社に参りました。どうかお気を悪くなさらぬようにと、呉々も仰せつかっております」
 稔に不在を詫びる。
「ふぅ〜っ…、今日もですか…。まぁ、忙しいなら仕方有りませんね。色々許可も貰いたかったんですが…、また電話で申し出ますとお伝え下さい」
 稔が溜息混じりに、佐山に告げると
「それには及びません、竹内はこのお嬢様方の出来に大変お喜びで、柳井様の思うとおりに、実験を進めて下さるようにと、仰っておられました」
 佐山は、稔に竹内のメッセージを告げた。

 稔達は竹内の所有する車に乗り込み、竹内邸を後にする。
 そんな、稔達を竹内邸の離れの一室から、ジッと見守る男が居た。
 和服で身を固め、好々爺然とした微笑みを浮かべながら、見詰める男。
 この家の主、竹内伸一郎その人であった。
 稔達の車が館を離れ、見えなくなってもその方向をジッと見詰める。
 すると、そんな竹内の横に、スッと人影が忍び寄った。
「柳井様はお帰りになりました」
 佐山が頭を下げて、伸一郎に報告する。
「あぁ、見てた…」
 伸一郎は返事を返しながらも、視線はまだ外を向いていた。
 暫く沈黙が続き、佐山がその場を離れようとすると
「彼奴は訝しんでいたか?」
 静かに外を見ながら、問い掛ける。
「いえ、未だ疑っている様子は、御座いませんでした」
 佐山は頭を下げながら、稔の様子を答えた。
 伸一郎が身体を佐山に向けると、ジャラリと鎖の鳴る音がする。
 伸一郎の和服の裾の間から、傷だらけの白い背中が覗く。
 伸一郎の股間に、鎖で自由を奪われた女が、顔を裾の中に突っ込んでいた。
 伸一郎が両手を組んだまま、部屋の真ん中にある机に向かって移動すると、それと同じ速度で、鎖に繋がれた女が後ろ向きに移動する。
 器用に身体をくねらせ、伸一郎の股間に顔を埋めたまま、必死に伸一郎の歩みを妨げぬよう下がっていく。

 伸一郎が机の側に有る、白い椅子に座ると、女は激しく顔を動かし始める。
「お前が、言わなければ、恐らく彼奴は儂の本性を見抜いていただろう…そう言う目だった…。あの青臭い、考えがなければ、片腕にしても良いぐらいのな…」
 伸一郎は女など存在しないように振るまい、佐山に話し掛けた。
「左様で御座います…。私もあの目に晒されると、つい心の壁を強めてしまいます…。あの男は、かなり危険です」
 佐山が頭を下げると、伸一郎は
「お前でもそうなるか…。かつて、日本屈指の催眠術師…、その性癖がなければ、世界に出てたお前が、そう言うんなら間違い無いだろ…」
 佐山に向かって、微笑んだ。
 その微笑みは、好々爺などでは無く、見も凍り付かせる程の残忍さがにじみ出ていた。
「それも、昔の話しで御座います。今は、良い職場に恵まれ、理解ある主人に仕える事が出来て、光栄で御座います」
 佐山が伸一郎の正面の白い椅子に座ると、伸一郎に負けず劣らぬ残虐な笑顔を浮かべ、足下にわだかまっている、白い物を蹴る。
 クッションのように丸まっていた白い物は、全裸の女性だった。
 それどころか、2人の座る椅子もそれぞれ、3人の女性が形作り、テーブルの支えも2人の女性である。
 この空間には、他に蝋燭を持つ、4人の女性が四隅に立ち、14人の全裸の女性が居た。
 皆、20代前半の美人で、均整の取れた身体をしていたが、その瞳には深い絶望が灯っている。
 その女性達は、竹内が全てを縛り付け、飼っている奴隷達であった。

 竹内家の離れの一室に、アラームが鳴り響く。
 伸一郎の股間に顔を埋めた女性の背中が、その音を聞いてビクリと跳ねた。
 伸一郎は、女の髪の毛を掴むと、乱暴に投げ捨てる。
「時間だ…。能なしが…何を呉れてやろう」
 仰向けに倒れた、女性の顔は恐怖に引きつり、涙を流す。
 胸の前に合わされた手首には、手錠が嵌められその手錠の鎖と、足枷の鎖が一つの鎖で繋がっている。
 その鎖は、そのまま首に嵌められた枷に繋がり、女性の自由を奪っていた。
 女性は首から繋がる鎖のために、膝を伸ばす事も、手を下げる事も、上げる事も出来ない状態だった。
 そんな不自由な状態で、強制的にフェラチオをさせ、あまつさえ伸一郎は部屋を動き回り、その行動を妨げる事を禁じていた。
 更に、伸一郎は女性に時間を決め、その間に射精させなければ、罰を与えると明言していたのだ。

 罰を与えるための奉仕、言いがかりのような命令、それを甘んじて受けなければならない女性。
 伸一郎は微かな望みを与え、それに必死に縋り付く女の希望を打ち壊し、罰に泣き叫ぶ女の姿が、堪らなく好きだった。
 そう、今目の前にいる、伸一郎の経営する数ある会社の受付嬢が、まさにその表情を浮かべている。
 この女性も稔達の学校の卒業生だ、大学進学を望んでいた彼女だが、両親共伸一郎の傘下の会社で働いていたため、圧力を掛けられ、伸一郎の会社に入社させられた。
 彼女の実年齢は今22歳だが、この4年間の陵辱で、30歳程に見える。
 稔達とは真逆で、伸一郎は女性を疲弊させ、その美貌や容姿をすり減らして行く。
 その分、自分は若返って行くと、本気で思っている節があった。
 伸一郎にとって、女は消耗品以外の何物でも無い。
 壊れれば、そこに待っているのは、死体も残らない[廃棄処分]だけだった。
 女性達は、それを良く知っている。
 彼女自身4年間の間に、そう言うケースを数限りなく見てきた。

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