夢魔
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■ 第17章 始動8

 モニターを見ていた庵は、携帯が鳴り出し慌ててDVDを止める教頭を笑う。
 携帯に慌ただしく出た教頭は、緊張しながら頭をペコペコと下げ、デッキからDVDを取り出している。
「ん? 何だ…。おいおい、最後まで見ないとメッセージが解らなくなるだろ…」
 庵はモニターの教頭に向かって囁くと、聞こえる筈の無い教頭が動きを止め、再びデッキにDVDを入れた。
 教頭は、電話で指示を受けているのか、何度も頷きながらリモコンを操作している。
 そして、最後のメッセージを見詰めながら、紙にメモを取り出した。
(何だ…。電話の相手は誰だ? どうして、このDVDに対して指示が出せる。何か嫌な予感がする…)
 庵はモニターを切り替え、校長室を見ると、そこはもぬけの殻になっている。
 訝しんだ庵は、生徒指導室に切り替えると、主任指導教師の伊藤もDVDを見ながら電話で話をしていた。
 庵の嫌な予感は、益々高まりモニターを視聴覚室に切り替える。
 そこは既に校長室と同じく、誰も居なかった。
「ちっ! 何が有った…。あの電話の相手は誰なんだ…。こんな時、狂さんが居たら直ぐにでも調べられるのに…」
 庵は旧生徒会室のパソコンに向かって、舌打ちをする。
 携帯電話を取りだし、稔に電話を掛けた。
『もひもひ…。どうしたんでしか?』
 稔は口に何か物が入っているのか、喋りにくそうに電話に出ると、庵に質問する。
「稔さん…この計画を知っていて、DVDの存在を知っている人物に心当たりが有りますか? それも、教頭達が緊張する程の人間です…」
 庵が緊張感を出しながら、稔に問い掛けると
『僕の知る限りそんな人物は只一人です。竹内理事長しか居ませんね…』
 稔は庵に即答した。
「ですよね…。その理事長から、3人に電話が入ったみたいです…。今現在3人とも部屋には居ません」
 庵が報告すると、稔は暫く沈黙し
『取り敢えず食事を終わらせ、僕もそちらに行きます。10分待って下さい』
 稔はそう言うと、携帯電話を切る。

 庵は稔が待てと言った10分間、学校中の監視カメラを切り替え、3人の姿を探すがその姿は、どこにもなかった。
(僅か数分の間に、3人とも姿が消えた…。こんなに早く、学校外に出たとは思えないのに…)
 庵は閑散とした、学校の至る所を探し、頭を捻る。
 学校内は、明日から中間試験が始まる為、教員の姿がチラホラ見えるだけで、殆ど人がいなかった。
 そんな中、正面玄関を駆け抜ける稔の姿を見つけ、監視カメラの切り替える手を、庵は止める。
 数分して、稔が旧生徒会室に現れ、状況を確認し合った。
「竹内理事長に連絡しましたが、今も話し中で確認が取れません」
 稔は庵に告げると
「私も、学校内のカメラ全てを確認しましたが、どこにも姿はありませんでした」
 庵も稔に報告する。
 2人は腕を組み、頭を捻りながら、同じタイミングで同じ事を言った。
「こんな時、狂が居てくれたら…」
 狂は情報収集の達人であった。
 どんな小さな情報からでも、それをたぐり寄せ、拡げ、全貌を暴く。
 [俺に入れないPCは、この世に存在しない]と普段から豪語するハッキングの腕前は、アメリカの国家が認め、狂を何度もスカウトする程の実力者だった。
 しかし、その狂は単独行動中で、今は電話も通じない。
 稔と庵は途方に暮れる。
 庵が稔を見詰め
「今夜の計画はどうします。見送りますか?」
 質問すると、稔は少し考え
「いや、中止すると恐らくあの3人は、現れなくなるでしょう…。理事長も、僕達が3人の動きに気付いているとは、思って居ない筈です。ここの監視システムは狂が単独で取り付けた物ですから、学校側の人間は誰も知らない筈です。ここは、僕達も知らない振りをして、理事長の腹の内を探ってみましょう。強引に催眠を掛けて、口を割らせる事も考えに入れておきます」
 稔は無表情になりながら、呟く様に言った。

 稔達が旧生徒会室で、今夜の方針を話し合っている頃、学校内で唯一、監視カメラを取り付けられなかった部屋で、3人は顔を突き合わせ電話機のスピーカーから出る声に聞き入っていた。
『そう言う訳じゃ…じゃから、貴様ら3人は、これから行く男に全てを任せて、従えば良いんじゃ』
 伸一郎は3人を集め稔の素性を明かし、学校に居る目的も、これから起こるであろう事も、その中で3人の役割も教え、そして稔に従う事を命じた。
 しかし、伸一郎の話は、それだけでは終わらない。
 あくまで、それは表向きの役割に過ぎなかった。
 その後、3人は稔の行動を逐一報告し、スパイとして稔の側に居る事を強要した。
 そして、その行動が稔を前にどれだけ難しい事か、理解している伸一郎は、有る男を差し向ける。
 伸一郎の話は、その男に全て従えと言う所で、教頭の鈴木が口を挟んだ。
「で、ですが理事長…。そんな事を、学校内で認めてしまっては、教育上芳しく無いのでは…」
『鈴木…お前が儂に教育を語るか…。お前は、前任の学校で何をした? 同僚の女性教員にネチネチと迫り、ストーカー行為で訴えられそうになったら、逆上して強姦したのは誰じゃ?』
 鈴木 貴史(すずき たかし)は、過去の悪行を伸一郎に指摘され、ぐうの音も出ない。
『その事件を揉み消し、被害者の口を封じ、お前に仕事を与えているのは誰じゃ?』
「はい理事長…感謝しています…」
 鈴木は気まずそうに、校長と主任指導教師から顔を逸らし、伸一郎に感謝した。
 そこに、青い顔をしながら主任指導教師が
「ですが、もし家族などにバレたら、大変な事になりますよ」
 口を挟む。
『心配せんでも良い。お前の時みたいに、全て握りつぶしてやる。伊藤…お前の指導は、只の脅迫じゃったな…何人の女生徒を指導室で犯した?』
 伸一郎の言葉に、伊藤も黙り込んだ。
 主任指導教師の伊藤 大志(いとう たいし)も、伸一郎に首を救われている。
『佐藤よ…前の学校で懲りずに、お前が校長室で何をしているか、儂が知らんとでも思って居るのか?』
 校長の佐藤 修(さとう しゅう)は、ギクリと顔を歪め、電話機を見詰めた。
 この学校のTOP3人は、揃いも揃って、性犯罪者でその行状を罪に問われるどころか、伸一郎に因って揉み消され、のうのうと教員を続けていた。

 黙り込む3人に、伸一郎は言葉を続ける。
『よいか、奴には、お前達が儂の子飼いだとは告げておらん…、厳格な教育者だと伝えておる。お前達は、突き崩されて計画に荷担するという振りをするんじゃ。そして、仲間になった振りをして、奴らから機械の設計図とプログラム、それとコントロールするノウハウを盗み出すんじゃ』
 3人には、伸一郎の命令に逆らう事など出来ずに、一様に承諾した。
『それだけ出来れば、後は好きにしろ…。慣れてしまえば、学校はお前達にとって、パラダイスに成るじゃろうて…。何せ、あれだけ金を使って美人教師や生徒を集めたんじゃ、それも、マゾ気の強い女ばかり…それを、お前達は好きに扱って良いんじゃぞ。どうじゃ、お前達にとっても、悪い話ではないじゃろ?』
 伸一郎の言葉に、3人は学校中に居る美人教師や美少女達の顔を思い浮かべる。
 余りの数に3人の教師は、顔をだらしなく崩して、生唾を飲み込む。
 伸一郎の話が、実現するなら、正にパラダイスであった。
「わ、解りました…それで、期限はいつ迄に…」
 校長の佐藤が、真っ先に質問すると
『まぁ、待て…奴らは、年は若くとも中々曲者じゃ…焦って動いて、バレてしまっては元も子もない…。当面は、信頼関係を作る事に重点を置け…。時が来れば、儂から連絡する』
 伸一郎が余裕を持った声で、佐藤に答える。
 その言葉に、緊張を解いて3人が溜息を吐くと、突然背後から
「なにぶん、柳井稔は世界的な心理学者。少しの綻びから、対象者の深層心理まで見抜くと言われています」
 静かな落ち着いた声が、響いてきた。
 3人は、心臓が口から飛び出しそうな程驚きながら、その声のした方を一斉に振り返る。
 そこには、地味なスーツを着た30代後半の男が立っていた。
 落ち着き払った態度と丁寧な物腰とは裏腹に、何の特徴もない容姿。
 不細工な訳でも、ハンサムでも無く、太っている訳でも、痩せている訳でも無い、全く普通の容姿。
 恐らく10人居て、1時間話していても彼の姿を再び判別する事は、10人とも出来ないであろう。
 そんな中年男性であった。
 彼の名前は、佐山 正吾(さやま しょうご)天才的な催眠術師だが、その持ち合わせた狡猾さと加虐性により、表舞台からはみ出した男である。
 佐山は一礼すると微笑みを浮かべ、3人の男達に歩み寄って行った。

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