夢魔
MIN:作

■ 第19章 出張6

 梓は床に正座すると、金田にスッとペットボトルを差し出し
「医院長様…。こちらで宜しかったでしょうか…」
 たおやかに問い掛けた。
 梓の声は微かに掠れていたが、その声にさしたる感情の変化は含まれていない。
 ただ、全身から立ち上る色香は、暴力的な物に変わっていた。
 そこに有るだけで効果を発する媚薬のように、車内にいる人間全てが性的興奮を掻き立てられる。
 溝口は金田の手から、乱暴にリモコンを取り上げると、全てのスイッチをオフにした。
 梓は自分の身体を震わせる振動が消えた事で、溝口に対して微笑みながら軽く会釈する。
 ゾクリとする色気、ゾワゾワと加虐欲が膨れ上がり、今にも押し倒さずには居られない、そんな衝動を掻き立てる微笑だった。
 溝口は梓の微笑みに踏みとどまりながら、備え付けの冷蔵庫から、ビールを取り出し煽り始めた。
 この車の所有者、溝口の決めたルールの一つ、調教の終了の合図だった。
 唯一このルールを知らない梓だけが、キョトンとしながら身繕いを始める車内の人間を見ていた。

 重苦しい空気が流れる中、ブラウスにタイトスカートを身に着けた美沙が、梓に赤いワンピースを持って擦り寄り
「あ、あの…もう、終わりに成りました…。どうぞ、お洋服を着て下さい…」
 オドオドと差し出した。
 梓は顔を金田に向け、視線で指示を仰ぐと、金田は項垂れながら終わりを告げる。
 梓は顔を美沙に向け直すと、ニッコリ微笑んで
「有り難う御座います、美沙様」
 ペコリと頭を下げワンピースを受け取った。
 梓の端正な顔に惹き付けられ、その瞳に見入った美沙は、子宮の奥が鷲掴みにされ、全身を振るわせる。
(あ、あぁ〜…この人…綺麗…。顔は勿論だけど…女として…牝として、完成している…)
 美沙は梓の視線に絡め取られ、膣奥からドロリと愛液を溢れさせ、今にもくずおれて跪きそうになる自分を引き留めた。
 梓は美沙に視線を向けたまま、スッと立ち上がるとワンピースを身に纏い、ボタンを留めてゆく。
 美沙は梓の視線から目が離せず、ジッと下から見上げている。
 その瞳はトロリと興奮に蕩け、ブラウスの下から固くなった乳首が布地を押し上げ、その存在を主張していた。
 溝口が美沙に声を掛けなければ、そのままアクメを迎えていたかも知れないほど、美沙は興奮し濡れていた。

 溝口は梓に顔を向けると
「済まんが、その雰囲気を何とかしてくれ…。これじゃ、話も出来ない…」
 フェロモンのような雰囲気を押さえるように依頼した。
 梓は金田に向き直り、指示を仰ぐ。
 金田は溝口に睨み付けられ、コクリと頷く。
 梓は目を閉じ深く呼吸をすると、梓の身体から溢れていた雰囲気が、潮のように引いて行き朝方に見たレベルまで下がった。
(試しに言ってみたが…本当に下げやがった…こんな事まで、自在に出来るモノなのか…)
 溝口は呆然と梓を見詰め、フッと自嘲めいた笑いを浮かべ、首を振る。
(まぁ、間違い無く答えは分かっているが、一応聞いてみるか)
 溝口は梓に向かって、口を開き始め
「少し質問して、良いかな?」
 落ち着きを取り戻した声で、静かに問い掛けた。
「はい、答えられる範囲内なら、何なりとお答えいたします」
 梓はペコリと頭を下げ、溝口に返事をする。

 溝口は足を拡げ身を乗り出すと、両肘を膝の上に乗せ、顔の前で手を組んでその上に顎を乗せた。
 暫く目を閉じ何か考えると、おもむろに質問を投げ掛ける。
「君の調教期間は、10日程と聞いていたんだが…間違い無い?」
「はい、間違い御座いません」
「今のご主人様以前に、誰かに調教された経験は?」
「御座いません…。ご主人様と出会うまでは、全く無縁の世界と思っておりました」
「今は、どんな風に感じている?」
「はい、私の安息は、ご主人様の下にしか御座いません」
「極論だが、ご主人に捨てられる事は、君にとってどう言う意味をなす?」
「はい…、絶望以外の何物でもありません。死を与えて頂いた方が、数百倍マシだと思います」
 溝口の質問に、梓はスラスラと答えた。
 しかし、その答えは一つ積み上げる事に、金田を絶望に追いやってゆく。

 溝口は[ふぅ〜]と一息吐くと梓に向けて、質問の内容を変える。
「君のご主人様は、この世界では有名な人じゃないのか?」
 溝口の質問に梓は小さく頭を振ると
「私は、その質問に答える権利を持て居ません」
 静かな声でハッキリと答えた。
 溝口は[やはりな]と納得した表情で頷き
「なら、質問を変えよう…。君のご主人は、人前に出る事を嫌っているのか?」
 別の質問をする。
「私は、その質問に答える権利を持て居ません」
 梓の答えは、判を押したように同じ物だった。
 それはこの後、稔に対する質問については、全て同じ回答だった。
 溝口は梓の態度に肩を竦めて、稔の素性を聞き出す事を諦めた。
 そして、最後の質問をする。
「これ程酷い事をされても、君は従順に従っているが、一体どんな命令を受けてきたんだ?」
 溝口の質問に、梓は頷くと
「私は、[私に出来うる限り、医院長様の要求に応えろ]と命じられました」
 スッと目線の中に強い意志を込め、溝口に答えた。

 その視線の変化に、溝口は心臓を高鳴らせ
「出来る限りの事? 君に取ってあんな露出や、さっきのような陵辱は、その中に含まれていると言うのか?」
 驚きを抑え込み、上擦りそうな声を強引に静かな声に変え問い掛ける。
 溝口の質問に梓は、ニッコリと微笑み
「あの程度の事は、取るに足りませんわ。ご主人様の調教は、魂の奥まで達します。あの程度が耐えられなければ、到底耐える事など出来ませんわ」
 サラリとした口調で、溝口に答えた。
 溝口は梓の答えを聞いて、愕然とする。
(あの陵辱や露出を、[あの程度]だと! こいつの主人は、どんな調教をしたんだ)
 溝口の顔から、表情が消え粘着く汗が噴き出していた。
 溝口の喉は、カラカラに渇いている。
 それは、自分の持つ調教の知識や経験を遥かに凌駕する存在を知った興奮から来るのか、その調教内容を知ってしまう恐怖感から来るモノなのか、溝口には解らなかった。
 溝口は渇いた喉を唾液で潤そうとするが、上手く行かずビールを煽った。
(知りたい! こいつが、どんな調教を受けてこうなったのか…。だが、同時に知ってはいけない気がする。明らかにこいつの主人は、俺より上の世界に居る…、俺はそれを知って、そこに行けるのか…。何もかもが、壊れてしまいそうな気がしてならない…)
 溝口の葛藤は、沈黙と成って車内の空気を重くする。

■つづき

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