夢魔
MIN:作

■ 第19章 出張10

 離れの中に入った溝口は、前室の扉を開けると、控えの間に奥から響いてくる争いの声を耳にした。
 溝口は苛立ちを上らせ、控えの間のふすまを開く。
「何をしてるんだ!」
 怒声を張り上げ、中に入った溝口を一斉に全員が注目する。
 溝口の目に入ったのは、梓の手を取り懇願する由美子の姿に、いきり立った顔で怒っている美沙と綾、それに後押しされて、金田に詰め寄る長橋と岩崎、梓の前で両手を拡げ真っ赤な顔で踏ん張る金田だった。
 「一体何を騒いでるんだ!」
 溝口の怒りに、真っ先に由美子が答えた。
「金田さんが、梓さんの拘束着を絶対に脱がさせないって、言い張るんです。梓さんの身体血流障害が起きて、体温が低下しているのに頑として聞いてくれないんです」
 泣きそうな顔の由美子の言葉に、溝口はブチ切れる。
 ズカズカと金田に近付くとヒュッと右手を振り下ろし
「いい加減にしろ! お前は、預かった奴隷を殺す気か!」
 金田の頬にビンタを食らわせ、一喝した。

 金田はビンタを受けてゴロゴロと転がり、起きあがって溝口を睨み付ける。
「お前は何を考えてるんだ? 梓の死体が欲しいのか? 忠誠が欲しいのか? 一体何を求めてるんだ!」
 睨み付けられた溝口が更に金田に詰め寄り、胸ぐらを掴んで引き上げて怒鳴った。
「お前が、厳しくしろと…体力の限界まで責めろと…そう言ったんじゃないか!」
 金田は溝口に食って掛かると、溝口は視線を強くし
「ああ、言った…。だがな、生命に危険が及ぶような責めを誰がしろと言った! フォローが肝心だと俺は言わなかったか?」
 金田に向かって、迫力を増した低い声で言う。
 溝口の言葉に金田はガクガクと震え、何度も頷きながらブツブツと呟くと、梓の身体に飛び掛かる。
 その動きは突然だったため、周りにいた誰も反応できなかった。
 梓に飛びついた金田を溝口が引き剥がそうと近づき、モソモソと動く金田を見る。
 金田は梓に馬乗りになり、丁寧にワンピースのボタンを一つ一つ外していた。
(こいつ…完全に正気を失ってるぞ…)
 金田の行動を後ろから眺め、溝口は血の気が一気に下がっていく。
 金田は人形の洋服を丁寧に脱がせるように、梓の洋服を脱がせる。
 梓は人形のように、金田の為すがままに成っていた。
 その光景を見ていた全員の背中に、冷たい物がゾクリと走り抜ける。

 梓の徹底した服従は、見る者の目に意志を無くした人形のように映る。
(どうすれば、こんな服従が示せるんだ…どうすれば、こんな服従を得られるんだ…)
 溝口は梓を見詰め、まだ見ぬ梓の主人、稔の影を追った。
 金田が梓の拘束着を取り外し、梓の身体から全ての調教器具を取り外す。
 異常な目付きで、梓の裸身を見下ろす金田。
 そこにいる誰もが、金田の精神崩壊が迫っている事を感じていた。
 だが、この場を納める溝口の言葉すら聞き入れない金田に、誰がそれを止められるであろう。
 ピンと張りつめた空気が、緊張感を煽り誰も、口を開かない。
 皆が金田の一挙手一投足に視線を向けている中、沈黙を破ったのは人形に成っている梓だった。
「医院長様、お身体の加減大丈夫でしょうか…。お顔の色が優れませんし、お疲れのご様子ですが? それとも、私の態度でお腹立ちなのですか?」
 梓が馬乗りに成られた金田の下から、心配そうな表情で問い掛けたのだ。
 金田は弾かれたように梓の顔を見詰め、子供がイヤイヤをするように激しく頭を左右に振り
「そんな事はない、そんな事はない」
 小さく呟きながら、梓の上から後ずさる。

 完全に身体から全ての物を取り外した梓が、ムクリと起きあがり金田の前に平伏すると
「医院長様…誠に申し上げ憎いのですが、医院長様の今のご様子は、私の目から見てもとても平素とは違われております。医院長様にもしもの事がお有りになれば、私はその存在意義を失います。どうか、何もお気に為さらず梓をお使い下さい」
 金田に向かい懇願した。
 梓の懇願を聞いて、金田を覗く6人の表情が強張った。
(あの陵辱、あの恥辱、あの責めを受け、まだ自分の事を気にするなと言えるのか…次元が違う…。俺の常識の範疇を、遙かに超えている…)
 梓の視線は金田からそらされ、スッと溝口を見詰める。
 その視線に込められた物は、ただ一言[口出し無用]だった。
 溝口は梓の視線に射竦められ、たじろぎ俯いた。
 溝口の人生経験の中で、初めての事だった。
 それが、奴隷として調教された女から与えられるとは、溝口は夢にも思っていなかった。

 梓は溝口がたじろいだのを見て取ると、再び金田に平伏し
「医院長様、宜しければお背中をお流ししても宜しいでしょうか…。お身体をほぐされれば、お気持ちも落ち着くと思いますが…」
 金田を風呂に誘う。
 金田が梓の誘いにカクカクと首を縦に振ると、梓は溝口に視線を向け
「お風呂場の場所をお教え頂きますか?」
 凛とした態度で、問い掛ける。
 梓の言葉に由美子が直ぐに反応して
「こ、こちらになります」
 先頭に立ち、案内を始めた。
 梓はスルスルと金田の膝に擦り寄り、両手を金田の足に触れさせ
「医院長様、参りましょう」
 金田の足に縋り付いて、風呂場へと促す。
 金田は飛び上がって梓の前に立ち上がると、梓は高足の四つん這いになり、金田の足に身体を触れさせながら、由美子の後に続いて浴室に向かった。

 3人の姿が消えた居間で、呆然と閉じられた襖を見詰める5人。
 3人が消えた後、溝口の口からボソリと言葉が漏れる。
「何なんだ…あれは…」
 それは溝口の本心から洩れた言葉だった。
 自分の思い描く奴隷像の遙かに上の存在。
 簡単に言えば、自分の想像を超えた奴隷。
 それが、梓だった。
 自分は全ての加虐に耐えながら、主の動向を理解し、それを諫め誘導する。
 強い意志と洞察力、そして命さえも投げ出す覚悟、絶対的な服従。
 溝口にとって、どれを取っても夢物語の言葉が、全て具現化しそこに有る。
 溝口の膝からガックリと力が抜け、畳の上に座り込み項垂れた。

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