夢魔
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■ 第19章 出張15

 上座の席に呼ばれた梓は、金田の命令を正確に実行した。
 淫蕩な雰囲気を醸し出しながら、しなを作り誘い込んでは拒み、拒んでは誘い込むを巧妙に繰り返す。
 会長達は梓の身体に手を伸ばし、肩に触れる振りをしながら乳房を撫で、擦り寄った勢いを装いながら太股に触れ、酌を促す振りをしながらお尻を撫でる。
 梓はそれらを微妙に受け入れながらも、素肌には一切触れさせなかった。
 それどころか、その素肌の白さを強調するように、ブラウスのボタンを一つ、また一つ外し豊満な胸の谷間を見せつける。
「ふ〜っ…少し酔ってしまいましたわ…。はい、会長ご返杯…」
 梓はしなだれかかるように、両手で自分が空けたばかりのグラスを会長に差し出すと、ビールの瓶を両手で捧げ持ち、ニッコリ微笑んで差し出した。
 勿論妖艶な雰囲気は持続していて、そのままの状態で微笑みかけられ、梓のルージュが着いたグラスを持った会長は、挙動不審者のように辺りをキョロキョロと見回し、グラスを梓に差し出した。
 梓は差し出されたグラスに、ビール瓶を傾け出すと会長の腕に、その乳房を触れるか触れないかの微妙な位置まで擦り寄り、耳元にソッと囁く
「会長…おつよいのね…」
 梓の声にドキリとした会長が、慌てて顔を梓に向けると、その顔が思わぬ程近くに有り、更にドキリとし、俯き目を反らした先に梓の豊満な乳房が、あわや乳首まで見えるかと言う角度で、目に飛び込んでくる。
 会長は目を白黒させ、一気にビールを煽ってしまった。

 金田はおかしかった。
 腹を抱えて笑いたかったが、この宴会場何処にどんな目があるか解らないため、グラスを片手に1人笑いを噛み殺していた。
(くくくっ…ざまぁ無いな…女1人の色気で、あれ程崩れて行くんだからな…。あの爺確か過度のアルコールは禁じられていた筈だ…。死ねば良いんだよ…あんな奴ら…)
 金田はグラスを一気に煽ると、タンと音を立て、膳の上にグラスを叩き付けた。
 その金田の顔に、笑みは無かった。
 どこか、思い詰めた顔の金田は、席を立ちトイレに向かう。
 その3っつ離れた席で、黙々と杯を空けていた溝口が、スッと立ち上がり金田の後を追った。

 金田がトイレに入り、1人になったのを見計らって、溝口が金田に近付く。
 溝口はいきなり後ろから金田の襟首を掴み、引き絞る。
「どう言うつもりだ! 何が楽しい? あれじゃ、彼女は晒し者だぞ!」
 溝口が金田に詰め寄ると、金田は溝口の目を睨み付け
「口出ししないんじゃ無かったのか?」
 唸るような声で、溝口に告げた。
「するつもりは無かった…だが、俺にはお前が何を考えているのか解らん! あれ程の服従を見せている彼女を、何故必要以上に辱める? 何故、嬲るんだ…?」
 溝口が金田に問いつめると、金田は溝口の腕を払い
「嘘だからだ…全部、嘘だからだ!」
 俯きながら、血を吐くように溝口に告げる。
 溝口は戸惑いながら、金田を見詰めると、金田はその心の奥を吐露し始めた。
「お前は見た事が無い…あれの主人を…。あれの主人はこの世の物とは思えない…恐ろしい程の美しさと、知性と、圧倒的な深さを持っている…。あれの主人の前では、溝口…お前でも、子供扱いだ…。それが…それが…」
 言いかけた金田は、言葉を飲み込み
(まだ、高校生だぞ…)
 心の中で呟いた。

 溝口は金田を見下ろし、言葉を探していた。
「それが、どうして彼女の行動を、嘘と言えるんだ…」
 溝口は、やっと言葉を探し、金田に問い掛けた。
 だが、溝口はその質問に対する答えを知っている。
 今日の昼間の車中で、金田が口走り、梓がその口で認めていた事だ。
「あれは、主人に命じられて、俺の元へ来た…。だが、それ以前のあれは、俺の事を毛虫のように嫌っていたんだぞ! だれが、そんな誠意を受け取れる? 誰が真に受けられるんだ? あれが、俺に傅いているのは、主人の命令だからだ! お前には相談したよ…それでも何とか手に入れられないか…。だがな、見てみろ…お前すら手に負えないじゃないか…。あと、俺に出来る事は、あれを辱め汚す事しか思いつかない…」
 金田の血を吐くような言葉に、溝口は言葉を挟めなかった。
 そして、掛ける言葉も思いつかなかった。
 暫くの沈黙。
 金田は項垂れ溝口を押しのけると、トイレを後にする。
 溝口はただ黙って、金田を送り出す事しかできなかった。

 溝口がトイレを出ようとすると、前から梓が歩いて来る。
 溝口に軽く会釈をした梓は、女性用トイレに消えてく。
 溝口は金田に対する態度を問い掛けたくて、入り口で梓を待った。
 すると、溝口の耳に女性用のトイレから、嘔吐する嗚咽が聞こえる。
(なに? 今、入っているのは、梓さんだけの筈…それなのに、あの音は…。まさか、梓さんが戻しているのか?)
 すれ違った時の優雅な物腰から、梓がとても酔っているとは、溝口には思えなかった。
 口を拭いつつ、梓がトイレから出てくると、溝口はソッと寄り添い
「大丈夫ですか? ヒョッとして、極端にお酒が弱いとか…」
 小声で梓に問い掛けた。
 梓はピタリと足を止め、溝口に向かいニッコリ微笑んで
「いいえ、大丈夫ですわ…。私はご主人様か、ご主人様がお決めに成った方以外の方から、食べ物や飲み物を頂く事を自分に禁じていますの。ですから、吐き戻しただけですわ」
 当たり前のように言って、宴会場の方を向いて優雅に歩いて行く。
 溝口は思い返す。
(確かに彼女は俺の見ている限り、食べ物も飲み物も取っていない…。だが、そんな事…)
 溝口は驚きの表情を浮かべ、呆然と梓の後ろ姿を見送った。

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