夢魔
MIN:作

■ 第19章 出張22

 溝口が離れに戻ると、由美子がただ1人居間でテレビを見ていた。
「あっ、お帰りなさいませ〜っ」
 溝口の姿を認めた由美子が、甘えた声を上げ抱きつく。
 溝口はネクタイを緩めながら、由美子を抱きしめ軽い口吻を交わす。
 溝口はキョロキョロと辺りを見渡しながら
「他の者はどうした?」
 由美子に問い掛けると、由美子は親指を立てて、後ろの副寝室を指さし、少し膨れた顔で
「帰ってきて直ぐですよ〜っ」
 溝口を恨みがましい目で見詰めた。
 溝口は苦笑いしながら
「まぁ、そう言うな…。あいつらも、感化されたんだ…」
 由美子に優しく告げ、首筋にキスをする。
 [あん]と甘えた声を上げ、溝口の胸に擦り寄る由美子。
「金田はどうした?」
 溝口はワイシャツを脱ぎ、ズボンを下ろしながら由美子に問い掛けると
「知りません」
 不機嫌な顔をして、溝口の手からワイシャツとズボンを受け取った。

 溝口は込み上げる笑いを抑えながら
(あいつも嫌われたモンだな…。まあ、今日のあれじゃ嫌われて当然か…)
 少し神妙な顔つきになる。
 溝口の身体に、浴衣を合わせながら
「私あの方嫌いです! お姉様を虐めるだけで…。前はそうは思いませんでしたけど、今日でダイッ嫌いに成りました」
 怒り顔で溝口に告げた。
 由美子の愚痴を聞いて、溝口は有る事が気になる。
 溝口がサッとと由美子に向き直り
「梓さんは、どうした?」
 肩を掴んで真剣な表情で、問い掛けた。
 由美子はキョトンとした顔で
「えっ? もう眠られて居る筈ですが…」
 溝口に答える。
「早いな? まだ12時にも成ってないぞ」
 溝口がそう言うと、居間の扉が開き金田が姿を現せた。
 途端に由美子の顔が険しく変わる。

 金田が居間のテーブルに着き胡座をかくと、溝口が正面に座る。
 溝口は開口一番、金田に問い掛けた。
「梓さんはどうしたんだ?」
 身を乗り出すような、溝口の質問に
「ああ、疲れてるんだから、眠れと命じて置いて来た…」
 ボソリと呟くように、答える。
「そうか…そうだな…うん、今日は眠った方が良い…」
 溝口は頷きながら、独り言のように言った。
 溝口の横に由美子が座り
「何かお飲みに成られますか?」
 問い掛けると、溝口はビールを頼んだ。
 由美子がビールを持ってくると、コップを溝口に差し出す。
 溝口は受け取ったコップを金田に差し出し、自分も再び由美子から受け取る。
(由美子はどうも子供の部分があるからな…、金田に攻撃しかねん。まぁ、宥めながら飲ましてやるか…)
 溝口は由美子の怒りが、金田に直接向かないよう気を遣う。

 溝口の懸念したとおり、由美子は少しふくれ面になり、溝口に酌をして金田には動こうとしない。
「おい、お前も飲め、コップを持って来い。それと、もう1本追加だ」
 由美子からビール瓶を取り上げ、新たな指示を与える。
 由美子から取り上げたビール瓶を、金田に差し出すと、金田もグラスを差し出した。
 3本目のビールが空いた頃、溝口が話を変え、金田に告げる。
「今、兼久さんから聞いて来たんだがな、チェックインの時、団体客が居たろ。あいつら札付きだ、強姦、傷害何でも有りの連中だ…、呉々も係わる成って注意されたよ。特に梓さんみたいな美人だと、格好の餌食になるから、絶対に顔を合わすんじゃないぞ」
 溝口の言葉に、金田がピクリと反応する。
(あの連中だな…。それなら、もう遅かった…あいつらは既に梓にちょっかいを出し終えた後だよ…)
 金田は薄笑いを浮かべ、コップのビールを舐めるように飲む。
「そんな事して、警察に捕まるだろ…。それに旅館側も、予約を受けなきゃ良い」
 金田はチビチビとビールを飲みながら、溝口に言うと
「それが、あいつらかなり巧妙らしい…グループの主要メンバー以外に予約を取らせ、旅館側もメンバーを見て、初めて気付く。それに、警察沙汰になっても、検挙された事は一度も無いらしい…。何か妙なグループらしいんだ…」
 溝口は身を乗り出して金田に説明し、空になったグラスを由美子に差し出す。
「兼久さんも、そんな剣呑なグループが、ここに泊まるように成った経緯までは、話してくれなかったが、女将の話じゃどうやら、旅館組合の会長が、一枚噛んでるらしい」
 溝口は、そんなどうでも良いような話しを、自慢げに話すと
「噂じゃ、被害にあった客達は、二度とその旅館に泊まる事もないし、連絡もよこさないそうだ…。まるで、二度と関わり合いに成りたくない…、そんな感じらしい。旅館にしたら大打撃、死活問題に関わる」
 更に言葉を続け、何故か憤慨している。

 金田は表情を消し、考え込みながら、グラスを傾ける。
(そう言えば、妙に梓の事を…、いや、梓のような女の事を聞いて来たな…。手元に欲しいとか…)
 金田はそこまで思い出しながら
(いや、考えすぎだ…そんな事、有る筈無いし、そこまでするなんて有り得ない…)
 頭を強く左右に振り、その考えを打ち消した。
 金田の仕草を見て、訝しむ表情を浮かべる溝口。
 金田はグラスに残ったビールを一息で煽った。
 胸の中に、黒々と不安が拡がり始めたのだ。
 不安を断ち切るように、金田は一息で煽った、グラスをタンと音を立て置くと、立ち上がり
「俺はもう寝るよ、後は2人でユックリしな…。じゃあな…」
 さっさと居間を後にし、部屋に向かった。
 部屋に帰り着いた金田は、微かにユニットバスから聞こえる、換気扇の音と、消え入りそうな苦悶を耳に眠りについた。
 明日の朝行う、梓に対する加虐を考えながら。

■つづき

■目次2

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊